いると、この流れにも、焼岳の灰が交っているのではあるまいかと、おもわれる、そこから島々谷の水源の方を仰いでは見たが、青々とした山々が、幾重にも襟を掻き合せて、日本アルプスの御幣のような山々を、その背後に封鎖して、見せようともしない。
 島々の清水屋では、それしゃ[#「それしゃ」に傍点]のあがりらしい女房が、昨日からお待ち申していたの、案内者を用意して置いたのが、ムダになったが、未だ足留めをしているのと、よくひとりでしゃべくる、二階に上って、烏賊《いか》に大根おろしをかけたのを肴に、茶のいきおいで、ボソボソした飯を掻き込む、大根の香物が、臭いのには少なからず閉口させられた、かみさんに云い付けて、馬車から行李を運ばせたりしているうちに、頼んで置いた嘉代吉(老猟師嘉門次の悴《せがれ》)も、仕度が出来て待っているというので、単衣《ひとえ》を洋服に着換えるやら、草鞋《わらじ》を引きずり出すやらで、登山装束を整える、そんなことをして午《ひる》を過ごした。

      四

 島々谷に沿って、溯って行くと、杉やら唐松やらが、茂り合って、もうここからは、人と自然の間に線を引かれている、この谷へ入るの
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