と捉《つか》まって、放すまいとしていた。

      二

 温泉宿から梓川に沿《つ》いて、河童橋を渡り、徳本《とくごう》の小舎まで来た、飛騨から牛を牽いて、信州へ山越しにゆく牧場稼ぎの人たちが、行き暮れて泊まるところだ。小舎の前の森を突き抜けて、梓川の本谷が屈曲して、また浅緑の森の下蔭へとはいって行く、浅く美しい水の底から、小石の浮紋《うきもん》が、川のおもてに綾を織っている、川は幾筋にも分れて、川鴫《かわしぎ》という鳥が、一、二羽水の面を掠《かす》めて飛んでいる、川をざぶざぶ入って行くので、足の指先から脳天まで、血が失せるかとおもわれるほど、冷いやりとする、向う岸に着いて、根曲り竹を掻きわけ、宮川の池にかけた丸木橋を、危《あぶ》なっかしく渡って、嘉門次の小舎へ来た、小舎のわきに、小さな木祠が祀《まつ》ってあって、扉を開けて見ると、穂高神社奉遷座云々と、禿《ち》び筆で書いた木札などが、散乱している。
 唐檜や落葉松が、しんしんと立てこんでいる中を、木祠のうしろへ出ると、そこが宮川の池である、一の池という一番大きいのが、穂高へ寄った方の岸は、青みどろの藻で、翡翠《かわせみ》の羽をひろ
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