ば、黄な碼碯《めのう》色のものや、陶磁器の破片のように白く硬く光っているのもある、青い円石の中に、一筋白く岩脈《ダイク》の入ったのが、縞芒《しますすき》でも見るようで美しい、この高らかな大なる山稜を見ていると、何十万年となく、孤独の高い座を守っている聖堂でも見るように思われて、私は偶像崇拝者の気になり、何だか自分でひとり決めに、日本人の総代になったつもりで、ちょっと目礼をしてみた、実際石と石の間に割り込んだ我々三人は、石の仲間入をしたので、誰も石よりも、権威のあるものだと、信ずるわけにはゆかなかった。
うす日で安心していた間もなく、雨がザッとふり注いで来た、谷の中で雨に降り出されるほど、滅入った気になることはない、ゆうべ槍ヶ岳の峰頭から見た、北の空の燃え抜けるように美しい夕日も、今になって見ると、神棚の火のように影がうすいものであった。私は頭の中まで、ぼんやりと膜が下りたようになった、眼鏡は曇って、一寸先を見透すのさえ大なる努力を要する、外套のおもてには、雨が糸筋を引いていい加減に結び玉を拵えては、急にポロポロと転び落ちる、それが人間よりは、生命のある原子のようにも思える、両側の青木の中から、霧はもやもやと舞い立って、谷が一杯に白くなって、鉛で圧しつけられるようだ。
始めは上流とは思われぬほどに、川幅が濶《ひろ》かったが、谷が次第に蹙《せば》まって、水嵩《みずかさ》が多くなったので、左の岸の森へ入った、山桜がたった一本、交って、小さい花が白く咲いているのが、先刻の白花の石楠花とふたつ、この谷で忘られないものになった、足許には矢車草の濶い葉や、車百合の赤い花があったようだが、眼もくれずに踏み蹂《にじ》って行く、森がつきて河原に出ると、岳川岳の大きな岩石が、杓子《しゃくし》を並べたように、霧の中にうすぼんやりと炙《あぶ》り出されて、大きくひろがったり、小さく縮んだりしている。
イワス(岩壁の截《き》り立っているところ)にぶつかると、水が深くて急であるから、森の中へ潜り込む、そうしてまた森から吐き出されては、谷の中へと飛び込む。犬は森の中を潜るたびに、ビッショリになって、川縁へ下り立つたびに、プルプルと総身を震わせては、水を切っている。
槍ヶ岳から落ちるという槍沢は、崖になって、雪が綿のように白い、その下から水がすさまじい幅濶の滝になって、落ちて来る、河原には蓬《
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