の生地が梨の肌のように白く、下は解けて水になっている、その水の流れて行くところは、雪の小さい峡間《はざま》を開いて、ちょろちょろと音をさせている。
右の方を仰ぐと、赤沢岳が無器用な円頂閣のように、幅びろく突ッ立って、その花崗岩の赤く禿げた截断面が、銅の薬鑵《やかん》のような色をして、冷めたく荒い空気に煤ぶっている。
雪は次第に厚く、幅が闊《ひろ》く、辷りもするので、人の鳶口に扶《たす》けられて上った、雪のおもては旋風にでも穿《ほ》り返された跡らしく、亀甲形の斑紋が、おのずと出来ている、その下には雪解の蒼白い水が、澄みわたって、雪の崖から転げ落ちたらしい大石に、突き当って二派に分れ、呟きながら走って行く、大きな削り板のような雪が、継ぎ目から二ツに截り放されたようになって、平行に裂けて口を明けているのもある。
顧れば峡間から東方の霞沢岳連峰の木山には、どす玄《ぐろ》い雨雲が、甘藍《キャベツ》の大葉を巻いたように冠ぶさって、その尖端が常念一帯の脈まで、包んで来ている、雪の峡流は碧い石や黄な石をひたして、水嵩《みずかさ》も多くなって、樺青く雪白い間を走って行くのが、遙かに瞰下されて、先は森林の底に没している。
雪のおもてには枝の折片が刺されていたり、泥土が流れていたりして、いかにもうす汚ない、白馬岳の雪の美しいことは、こんなものでは無いと、高頭君がしきりに説明してくれる。
谷が狭くなって、崖側を行くと、緩いながらも雪の傾斜で辷るから、ミヤマナナカマドの枝を捉えながら上る、前にも増した雪の断裂で、草鞋《わらじ》に踏み蹂《にじ》った雪片は、山桜の葩弁《はなびら》のように、白く光ってあたりに飛び散る。
奥赤沢の切れ込みへ来ると、雪は庖刀《ほうちょう》を入れたように并行に断裂して、その切截面の高さは、およそ二丈もあろう、右へ除け左へ避けて、思わずも雪の薄氷の上を行くと、パリパリと氷柱《つらら》が折れるような音がするので、足下を見ると、大きな穴があって、その穴の蓋の雪が、七八寸の厚さしかない、金剛杖で敲くと、パリッと音がして、崩れ落ちる、穴の下では溶解した水が、渦を巻いている。
前面には阜《おか》のような山が二つ、小隆起をしている、赤沢岳頂上の三角点も、大空を指さしている、谷は次第に高くなる、高くなると共に蹙《せ》まって来て、雪の蜿《う》ねり方も、波のように烈しいが、嘉
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