雪中富士登山記
小島烏水

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)砥《と》ぎ澄まして

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)箱根|火山彙《かざんい》
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      一

 今朝は寒いと思うとき、わが家の背後なる山王台に立って、遥かに西の方を見渡すと、昨夜の風が砥《と》ぎ澄まして行った、碧く冴えた虚空の下には、丹沢山脈の大山一帯が、平屋根の家並のように、びったり凍《かじ》かんで一と塊に圧しつけられている。その背後から陶器の盃でも伏せたように、透き徹っているのは、言うまでもなく富士の山だ。思いがけなく頭の上が、二、三寸ほど、大根卸しでも注いだように、白くなっている。山の新雪! 下界では未だ霜が結んだという噂も聞かないのに、天上の高寒に、早くも洗礼を受けて、甦ったように新しくなった山を見ると、水を浴びせられたように慄《ぞっ》となる。
 三日四日と経つうちに、山の頭は喰い欠かれたように、うす霞に融けて見えることもあるが、白さは次第に劃然《かっきり》と、碧い空から抜け出るようになり、山の肌はいよいよ光輝を帯びて来る。冬が来た、冬が来た、木はその葉を振い
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