笑い居候、天長節より時雨つづき、雨やや上りて、雲がなき日の雪ある山の眺め、都人の想像及ばざるところに候、地蔵、鳳凰の淡き練絹《ねりぎぬ》纏いし姿は、さもあらばあれ、白峰甲斐駒の諸峰は、更に山の膚を見ず、ただ峻谷の雪かすかなる、朧銀の色をなして、鉛色なる空より浮き出で巨大なる蛇の舌|閃《ひらめ》いて、空に躍れる如し、何等のミレージ、何等のミラクル、今朝はやや晴れ、白峰満山の白雪、朝日に映じて瑪瑙《めのう》に金を含む、群山黙として黒く下に参す、富士も大なる白色魔の如く、鈍き空に懸れり、兄《けい》を招じて驚嘆の叫び承わり度候、山を見ては、兄を思う、昨日今日の壮観黙って居られず[#「昨日今日の壮観黙って居られず」に白丸傍点]、かくは
冬近き山家や屋根の石の数 (十一月六日)
[#ここで字下げ終わり]
これを読まされると、自分はもう堪《たま》らなくなる、ふと目を挙げて「北に遠ざかりて雪白き山あり……」……、往きたいなあと、拳《こぶし》に力を入れて、机をトンと叩いた。
底本:「山岳紀行文集 日本アルプス」岩波文庫、岩波書店
1992(平成4)年7月16日第1版発行
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