、中央に鳥形の赤裸なるを御覧あるべく、これが埴輪の鳥形に候なり、これには脚なくして、二股の尾あるを見給うべきも、この図は、雪なきときの切崖の露出にて、雪少しにても降れば、この尾は消えて、脚を生じ、例の埴輪の鳥の如き形となるに候、いずれにせよ、鶏ならずして、立派な水鳥、小生の大好きなスワン(伝説に最も縁多き)の形に仰がれ候、図中、鳥形の左なるへ形[#「へ形」に傍点]の山は、もと白峰つづきの山かと存ぜしに、曇日などに白峰見えずとも、この山明かなるにて、別峰なることを知り候、今日この山に、非常の降雪ありしように候、雪降りては、農鳥より右は真白なれど、左は縦谷のみ白く仰がれ、膚は容易に、白くならぬように候。
これより右、地蔵鳳凰を越えて、槍ヶ岳の駒ヶ岳と、峭立しては、絶景の極、駒と並べて見て、白峰は益《ますま》す立派さを増すに候、農牛、農爺、蝶、白馬、これらが信甲駿の空に聳えて、相応ずる姿、鏡花の『高野聖』に、妖女が馬腹をくぐる時の文句に「周囲の山々は矗々《すくすく》と嘴《くちばし》を揃え、頭を擡《もた》げて、この月下の光景を、朧《おぼ》ろ朧ろと覗《のぞ》き込んだ」とやらありしを思い出で、何やら山に霊ありて、相語るが如く、身|慄《ふる》いられ申候、昨夜は明月凄じきばかりなりしに、九時頃より一人、後《うしろ》の天守台に上り、夜霧の彼方に朧ろなる彼《か》の白色魔を眺め、気のまよいか、白鳥のあたりだけは、鮮やかなるようの心地いたし候。(十二月二十九日)
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 その後もN君は、数葉のスケッチを送られた、N君が初めて物の本から読んで知った、農鳥の形を見つけ出して校堂に説くに至ってから、初めは信ぜざりし鳥形が、誰の目にも立派に分るようになり、七、八歳の小童から、中学生まで、往来を通るにも、西の大壁を仰向いて、足を緩めるようになった、初めはくさしていた大人も、南向きの白鳥の、優しく、長く、延べた頸の、曲線の美しさに、恍惚とするようになったという。
 しかし農鳥山は、白峰の雪を代表したものではない、農鳥山は三山の中、最も南に寄っているから、雪は最も少量である、この神秘な白鳥が消えても、間《あい》の岳《たけ》は白銀の条《すじ》を入れている、間の岳は、登って見て解ったのであるが、全山裸出の懸崖と、絶壁とより成り、その上に一髪の山稜が北へと走っているので、焼刃の乱れたよう
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