点に最も多く残存するかというに、前に述べた如く、余り傾斜の峻急な尖った所には住まえないから、多くは緩傾斜の崖、または谷や盆地に留まる。しかし谷や盆地のは夏になると大概解けてしまうが、崖の雪は盛夏でも日本アルプスのは、半里から一里位の長さで繋《つな》がっていることがある。かかる所には怖ろしい罅穴《クレッヴァス》(Crevasse)が出来て、穴の深さは二、三丈位に達するのを往々見受ける。欧洲アルプスではこれが三百米突位な深さに達し、登山者のみならず、羚羊《かもしか》までが踏み落ちると、そのまま氷漬けになり、自然の墳墓になるということであるが、日本ではそのように深奥なのはない。
 日本山岳における万年雪の罅穴《クレッヴァス》の標本としては、信州白馬岳の大雪田の末、白馬尻に見ることが出来る、日本山岳会員辻村伊助氏の説明によると、この罅穴《クレッヴァス》は幅約一米突深さ五米突に及んでいるそうである。どうしてかかる穴が出来るかというに、雪や氷も眼に見えないが絶えず動いているので、傾斜地を辷り落ちる時、その速力が凡《すべ》ての方面に同じなら差支ないが、雪の流れも河水と同じく、河岸に沿うた所は、多少の
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