ガウランドだの、ウェストンだのという名が、若い人たちの口の端に上るようになった如くに)。それから第五、第六の「あたかも」が、未だ続いて挙げられるが、もうその点は打ち切って、私たち同行四人が、シャスタ山に登ったのは、大正八年(一九一九年)九月十一日のことで、未だこの山の草分けを記念するための、シッソンの名が残っていた時分であった。その頃、シャスタに登る人は、一と夏を通して、百人か百五十人位と登録せられていたし、殊に日本人の登山としては、私たちが初めてのものであった(前に日本人が登っていたという記録があるならば、是非《ぜひ》知らせていただきたい)。その私たちの登山にしてからが、時間不足のために、絶頂の剣ヶ峰ともいうべき、シャスタ・ピークまでは、達しなかったのだから、一個の予察地形図をスケッチしたぐらいの、軽い気分で読んでいただきたい、何も登山記だからと言って、死に身になってコチコチと緊張しなければならない、というものでもなかろう。
シャスタへ行くには、私たちの居住地、桑港から、オレゴンへと北向する南太平洋鉄道の便を借りるのである。汽車はサクラメントの大河に沿うて走る、川の底には、堅い凝灰岩などが露出しているが、シャスタを距《へだた》ること、五十|哩《マイル》位のところから、熔岩が、両岸に段丘《テレース》を作っている。そして段丘の上に、小舎が建てられたり、馬鈴薯や唐黍《とうきび》が植えられたりして、この辺の畑としては、手入れが届いている。その熔岩は、シャスタの南麓から迸《ほとばし》ったのであるが、ちょっと富士山から、桂川に沿うて猿橋まで達しているところの「猿橋熔岩」に似ている。しかし猿橋の方では、熔岩の延長八里ぐらいで、厚さも今日見らるるところでは、四、五|米突《メートル》ばかりの薄い皮であるが、サクラメントへ流れるシャスタ熔岩の厚さは、五十|呎《フイート》から二、三百呎に達している。川上の方へ「シャスタ」が、白い炎を爛々《らんらん》と光らして、汽車の窓から、大抵は右に見えるが、「左富士」のように、左に見えることもある、それほど川は、S字の環を繋《つな》ぎ合っている。前に述べたシッソンの停車場へ着くまでには、ダンスミールという、材木を伐《き》り出すので賑《にぎ》やかな古駅があり、その次には、シャスタ・スプリングといって、シャスタ火山の基盤熔岩なる岸壁の間から、地下の伏流が、富士の白糸の滝のように、千筋《ちすじ》とまでは行かなくとも、繊細な糸を捌《さば》いて、たぎり落ちるところもある、「花茨《はないばら》故郷の路に似たるかな」が、ますます思い出される。
シッソンという寂しい停車場は、富士ならば、御殿場駅に当るところであるが、この方面から見たシャスタは、一座の尖《とが》れる火山にしか見えない、それが、シャスタの主峰であるが、汽車が北へ廻るに随って、いつの間にか、主峰の傍に、また一つの同じような火山が出て来る、それはシャスチナで、高さは日本の富士山と同じく、一万二千三百尺であるが、シャスタ主峰は、それよりも更《さら》に、約二千尺高く、海抜一万四千百六十二尺と註せられている。火口は、シャスタに一つ、シャスチナに一つ、その双峰《そうほう》を繋《つな》ぎ合わせるところの、プラットフォームにも、一つあるという話であるが、私はそれをよく知らない。シャスチナは、多分側火山として噴出したのが、一体の双生児のように、シャスタと癒合《ゆごう》したのだろうと思う。成立の原因は違っても、富士の愛鷹山《あしたかやま》の頂上部が、仮に爆裂飛散せずに原形を保存していたとすれば、シャスチナ位になっているかも知れない。
だが、シッソン、ウイードあたりから、仰ぎ見るシャスタの偉大さは、アルプス式の山々に見ることの出来ない鮮明美がある、孤にして閑である、独にして秀で、単にして完《まった》き姿である。日本アルプスでも、そうであるが、アルプス式の山は、高台の上に乗っかって、群峰になっているから、槍ヶ岳とか「マッタアホルン」とかいう特異の山形を除いたら、遠くからは、どれがどれやら、個々の山名がちょっと解り兼ねる場合もあるが、シャスタはそうでない、富士もそうである如く、一見|分明《ぶんみょう》である、足許《あしもと》から山上までの直径の高さは、モン・ブラン以上である(移民時代の一愛山家は、「シャスタに登ってモン・ブランを笑ってやれ」と言った)。その立体構成面の威嚇《いかく》的偉大さを、駭《おどろ》くべき簡単なる曲線で、統整して、しかも委曲に至っては、富士で謂《い》うところの八百八谷の線から、おのずと発生する凹凸面の、複雑なる入り乱れのために、眼もあやになることを如何《いかん》ともしがたい。
私たち一行四人は、九月九日の夕、シッソンに着いて、駅前のパアク・ホテルというのに泊っ
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