が北に蹙《ちぢ》まって奥飛騨の称ある、飛騨|吉城《よしき》郡と隣り合ったところで、南には徳本《とくごう》峠――松本から島々《しましま》の谷へ出て、この峠へ上ると、日本アルプスの第一閃光が始めて旅客の眼に落ちる――と、北は焼岳《やけだけ》の峠、つづいては深山|生活《ずまい》の荒男《あらしお》の、胸のほむらか、硫烟の絶え間ない硫黄岳が聳えている、その間を水に浸された一束の白糸が乱れたように、沮洳《じめじめ》の花崗《みかげ》の砂道があって、これでも飛騨街道の一つになっている、東には前に言った穂高や、槍ヶ岳、やや低いが西に霞沢岳、八右衛門岳が立っている、東西は一里に足らず、南北は三里という薬研《やげん》の底のような谷地であるが、今憶い出しても脳神経が盛に顫動《せんどう》をはじめて来る心地のするのは、晶明、透徹のその水、自分にあっては聖書にも見えない創造の水、哲人の喉頭にも迸《ほとばし》らない深思の水、この水を描いて見よう。

     二

 路傍の石の不器用な断片《きれっぱし》を、七つ八つ並べて三、四寸の高さと見ず、一万尺と想ってみたまえ、凸凹《たかひく》もあれば、※[#「皺」から皮を抜いた
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