》の天柱をそそり立《たて》ている。山下の村人に山の名を聞くと、あれが蝶ヶ岳で、三、四月のころ雪が山の峡《はざま》に、白蝶の翅《はね》を延しているように消え残るので、そう言いますという。遥に北へ行くと、白馬岳が聳《そび》えている、雪の室は花の色の鮮やかな高山植物を秘めて、千島|桔梗《ききょう》、千島|甘菜《あまか》、得撫草《うるっぷそう》、色丹草《しこたんそう》など、帝国極北の地に生える美しいのが、錦の如く咲くのもこの山で、雪が白馬の奔《はし》る形をあらわすからその名を得たということである。白馬岳の又の名を越後方面では大蓮華山といっている、或人の句に「残雪や御法《みのり》の不思議蓮華山」とあるからは、これも一朶の白蓮華、晶々たる冬の空に、高く翳《かざ》されて咲きにおうから、名づけられたのかも知れない。
あわれ、清く、高き、雪の日本アルプス、そのアルプスの一線で、最も天に近い槍ヶ岳、穂高山、常念岳の雪や氷が、森林の中で新醸《にいしぼ》る玉の水が、上高地を作って、ここが渓流中、色の純美たぐいありともおぼえない、梓《あずさ》川の上流になっている。
土人はカミウチ、あるいはカミグチとも呼んで
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