ようなものでは、断じてないのです。それこそ神聖なる真言の教えを冒涜《ぼうとく》する、獅子身中の虫といわざるを得ないのです。しかし、いったいこの「呪《じゅ》」という字は、気のせい[#「せい」に傍点]か、眼でみるとその恰好《かっこう》からしてあまり感じのよくない字です。世間では「呪」というと、ただちに迷信を聯想《れんそう》するほど、とかく敬遠されている語《ことば》です。けれどもこれが一たび仏教の専門語として、用いられる時には、きわめて深遠な尊い意味をもってくるのです。めんどうなむずかしい学問的な詮索《せんさく》は別として、この「呪[#「呪」は太字]」という字[#「という字」は太字]は、梵語の曼怛羅《マントラ》という字を翻訳したものです。したがってそれは、真言または陀羅尼《だらに》などという語《ことば》と、同様な意味をもっているのです。いうまでもなく、真言とは[#「真言とは」は太字]、「まことの言葉[#「まことの言葉」は太字]」です。まことの言葉は、神聖にして、犯すべからざる語です。私たち凡夫《ぼんぷ》の語には、うそいつわりが多いが、仏の言葉には、決してうそいつわりはありません。「世間虚仮《
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