」というがごとく、病気をいたずらに自分を苦しめる悪魔と考えずに、天使と思って、病気と一つになることです。つまり、病気の三昧《さんまい》に入ることです。そうすればかえって病気は癒《なお》るのです。いや快くならないまでも、病気に安住することができるのです。「病気になった方がよろしく候」というのは、たしかにそれです。病気という災難を逃《のが》れる妙法は、まさしく病気になりきってしまう[#「なりきってしまう」は太字]ことです。病に負けぬことです。私の友人に荒谷実乗という人がいます。たいへん豪胆な、意志の鞏固《きょうこ》な男ですが、彼がかつて軍隊にいた時、何かのはずみ[#「はずみ」に傍点]で、脚部《あし》を負傷したのです。どうしても手術をしなくてはならぬようになって、いよいよ入院して手術室に入りました時、彼は軍医に、麻酔剤の必要はないといって、敢然と手術台に上ったのです。そして非常な苦痛を堪え忍んで、とうとう完全に手術をしてもらったというのです。当時のありさまを彼は私にこういっていました。「自分はどれだけ苦痛に堪え得るものか、それを試《ため》してみたかったのだ」
 なるほど、こうなれば人間も大丈
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