きめ》はありません。因縁[#「因縁」に傍点]を行ずるとは、因縁[#「因縁」に傍点]を生かしてゆくことです。「さとりへの道は自覚と努力なり、これより外に妙法なし」といいますが、因縁を知り、さらにこれを生かしてゆくには努力が必要です。発明王エジソンも、「人生は努力なり」といっていますが、たしかに人生は努力です。不断の努力が肝要です。しかもその努力こそ、精進《しょうじん》です。正精進《しょうしょうじん》というのはそれです。正精進[#「正精進」に傍点]こそ、正しき生き方[#「正しき生き方」は太字]です。ゆえに八正道の八つの道は、いずれも涅槃《ねはん》へ至る必要な道ではありますが、そのなかでもいちばん大事なのは、つまりこの「正見」と「正精進」です。
「道は多い、されど汝《なんじ》の歩むべき道は一つだ」
と、古人も教えています。私どもはお互いにその一つの道を因縁に随順しつつ無我[#「無我」に傍点]に生きることによって、真面目《まじめ》に、真剣に、正しく、明るく、後悔のないように、今日の一日を歩いてゆきたいものです。
[#改丁]
第八講 執著《とらわれ》なきこころ
[#改ページ]
[#ここから
前へ
次へ
全262ページ中144ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高神 覚昇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング