は即ち涅槃です。しかも「永遠に立脚して、刹那《せつな》に努力する人」こそ、はじめてかかる境地を、ほんとうに味わうことができるのであります。
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第七講 四つの正見《まなこ》
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無[#(シ)][#二]苦集滅道[#(モ)][#一]。
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あきらめの世界[#「あきらめの世界」は太字] いったい人間というものは妙なもので、口でこそりっぱにあきらめた[#「あきらめた」に傍点]といっておっても、その実、なかなか心では容易にあきらめきれないものです。他人の事だと、「なんだ、もう過ぎたことじゃないか、スッパリ諦《あきら》めてしまえ」だとか、「なんという君は諦めの悪い人間だ」ナンテ冷笑しますが、いざ自分の事となると、諦めたとは思っても、なかなか諦めきれないのです。竹を割ったようにスッパリとは、どうしたって諦められないのです。「あきらめましたよ、どう諦めた、諦らめられぬとあきらめた」という俗謡がありますが、諦められぬと諦めた[#「諦められぬと諦めた」に傍点]、というのが、あるいはほんとうの人情か
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