はじめて造ったといっていいのですが、これは、物と心とを一つのものに対する、二つの見方として、眺《なが》めてゆこうという、つまり、全体的立場、もちつもたれつ[#「もちつもたれつ」に傍点]という因縁の立場[#「因縁の立場」に傍点]、縁起の意味においてこの二つのものを、一つのものの内容[#「一つのものの内容」に傍点]として見てゆこうというのです。だから、それは縁起史観といってもよいのです。たいへん、話がめんどうになりましたが、ちょうど人間に肉体と精神との二方面があるように、人間の社会にも、物質的方面と精神的方面との、二つがある事をハッキリ知っておかねばなりません。したがって精神を否定する唯物思想もいけなければ、また物質の価値を全く否定したような唯心思想もいけないわけです。今日、経済を否定した生活は全く不可能であります。生活に即さない理論は空理、空論です。唯物主義も唯心主義も仏教の立場からいえば、いずれもそれは偏見です。つまり心によって、はじめて物の価値が現わされるとともに、物質によって、また精神の価値が、いっそう裏づけられるわけです。廊下に落ちている一枚の紙も、もったいないと感ずる人には、仏法領《ぶっぽうりょう》のものとして、はじめてりっぱにその経済価値が認められるのです。で、問題は、つまり物に対する心構えです。心の持ちようです。要するに、物質を精神より以上に見るか、精神を物質より優位に見るかです。物が心を支配するか、心が物を統御《コントロール》するかです。金を使うか[#「金を使うか」に傍点]、金に使われるか[#「金に使われるか」に傍点]です。けだし正を|履[#「正を|履」は太字]《ふ》み[#「み」は太字]、中を執る[#「中を執る」は太字]ということは、いずれの世、いずれの時にも必要です。人間の正しい生活が[#「人間の正しい生活が」に傍点]、正しい見方によって[#「正しい見方によって」に傍点]、規定せられるかぎり[#「規定せられるかぎり」に傍点]、私どもは何人も[#「私どもは何人も」に傍点]、まず[#「まず」に傍点]「正しい見方」がなんであるかを、ハッキリ知らなくてはなりませぬ。私どもの生活が、たとえ物質的に貧しくとも、せめて私どもは、精神的には富める生活をしたいものです。金持の貧乏人となるか[#「金持の貧乏人となるか」に傍点]、貧乏人の金持となるか[#「貧乏人の金持となるか」に傍点]、結局、問題はその人の心構えの如何《いかん》です。私どもは、少なくとも因縁の真理、縁起の哲学を味わうことによって貧しくとも富める生活[#「貧しくとも富める生活」に傍点]をしたいものです。心にしっかりした拠《よ》り所《どころ》をもって、心に太陽をもって清く、正しく、明るいシッカリした生活を営みたいものです。おもうに、因縁の真理に徹し、般若《はんにゃ》の空を、真に味わい得た人こそ、まさしくそれは中道を歩む人です。げに生身《しょうじん》の活《い》きた観音さまは、かかる人々のうちから誕生するのです。
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第四講 永遠の生命
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舎利子[#(ヨ)]。
是[#(ノ)]諸法[#(ノ)]空相[#(ハ)]。
不生[#(ニシテ)]不滅。
不垢[#(ニシテ)]不浄。
不増[#(ニシテ)]不減[#(ナリ)]。
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 すでに私は『心経』の肝腎要《かんじんかなめ》となっている、いや、仏教の根本思想であるところの「色は即《すなわ》ち是れ空、空は即ち是れ色」(色即是空、空即是色)ということについて、一応お話ししておきました。そしてそのとき私は、一くちに「空」といっても、その空は「般若の空」で、有《う》(存在)に対する無《む》(非存在)というような、そんな、単純[#「単純」に傍点]な空という意味ではない、ということをお話ししておきました。ところが、これについて古人はこういう貴《とうと》い言葉を残しています。
 智慧と慈悲[#「智慧と慈悲」は太字] 「色即[#(チ)]是[#(レ)]空と見れば、大智[#「大智」に傍点]を成《じょう》じ、空即[#(チ)]是[#(レ)]色と見れば、大悲を成ず」
 と、いっておりますが、これは非常に考えさせられる言葉です。というのは、いったいここにいう大智[#「大智」に傍点]とは、大きい智慧《ちえ》、すなわちほんとうの智慧のことです。次に大悲というのは大きい慈悲、すなわちほんとうの慈悲のことです。仏教では、その智慧も慈悲も、共に空という母胎から産まれてくるものだというのです。いったい世間のものは、みんな十人十色で、どれだけ大勢《おおぜい》の人が集まっていても、寸分たがわぬ、同じ人間は、一人もありません。「似たとはおろか瓜《うり》二つ」などといいますが、よく
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