証す」とは、そのままに、すみやかに、成仏するという意味です。ただし、漢訳のお経は、これでおしまいになっておりますが、梵語の原典にはこの真言の次に、「イテイ、プラジュニャー、パーラミター、フリダヤム、サマープタム」という語《ことば》があります。ところで、これを翻訳すると、こういう意味になるのです。「といいて、般若波羅蜜多心経《はんにゃはらみたしんぎょう》を説き終われり」というのです。しかしこの語はあってもなくても、同じことですから、玄奘《げんじょう》三蔵は、わざとこれを省略せられて、ただ最後に「般若心経」という語だけを、つけ加えられたのであります。
以上はなはだ拙《つたな》い講義ではありましたが、十二講にわたってだいたい一通り、「心経とはどんなお経か」「心経にはどんなことが書いてあるか」「心経はなにゆえ、天下一の経典であるか」というようなことを、ざっとお話ししたわけですが、最も深遠なこのお経を、私ごとき浅学|菲才《ひさい》の者が講義するのですから、とうてい皆さまの御満足を得ることができなかったことは、私自身も十分に承知しておりますし、また貴いこの『心経』の価値を、あるいはかえって冒涜《ぼうとく》したのではないかとも怖《おそ》れている次第であります。古来、仏教では「法を|猥[#「法を|猥」は太字]《みだ》りに|冒[#「りに|冒」は太字]《おか》したものは[#「したものは」は太字]、その罪[#「その罪」は太字]、死に値す[#「死に値す」は太字]」とまで誡《いまし》めておりますが、この意味において、私もおそらく、死に値する一人でありましょう。地獄へ落ちてゆく衆生の一人でありましょう。しかし、私はそれで満足です。
仏教への門[#「仏教への門」は太字] いったい古人もしばしばいっているように、仏教への門は、所詮《しょせん》「信」であります。信ずる心です。しかも信とは、愛し敬うこころです。仏教を愛し、敬い、これを信ずる心がなくては、とうてい、仏教をほんとうに知る[#「知る」に傍点]ことはできないのです。合掌する心持、|南無[#「南無」は太字]《なむ》する心[#「する心」は太字]、それはいずれも信心のしるしです。信仰の象徴です。南無とは、決して南《みなみ》無《な》しではありません。
坊さんがお経を読む時に、唱える枕詞《まくらことば》でもありません。南無とは、実に帰依することです。帰|命《みょう》の精神です。相手を絶対に愛し敬い、信頼することです。しかもその南無[#「南無」に傍点]の心を形によって示したものが、「合掌[#「合掌」は太字]」です。拝むことです。「右仏左は我と拝む手の、うちぞゆかしき南無の一声」と古人は教えています。両手を合わす右の手は仏陀《ほとけ》の世界です。左の手こそ、衆生の自分です。かくて、この両手を合わし、南無の精神に生きる所に、はじめて、私どもは、ほんとうに仏我れにあり[#「仏我れにあり」に傍点]、我れに仏あり[#「我れに仏あり」に傍点]、との安心《あんじん》を得ることができるのです。いくらラジオの放送はあっても、これを聴く機械を持たない人には、ないと等しいのです。しかもたとい聴く機械があっても、スイッチを入れておかなくては、機械がないと同じです。常恆《じょうご》不断に、絶えず放送しておられる、仏の説法も、「合掌」と言う機械があり、「南無」という電流を通じてこそ、はじめて、はっきりと聞くことができるのです。にもかかわらず、とかく私たちは、どういうものか、ひたすら科学的立場から、ものを見ることになれて、ただ、聞こえないから[#「聞こえないから」に傍点]、ない[#「ない」に傍点]、見えないから、ないとすぐに判断してしまうのです。しかし、ものが見えない[#「見えない」に傍点]から、ないのではありません。見ない[#「見ない」に傍点]から[#「見ない[#「見ない」に傍点]から」は太字]、ない[#「ない」は太字]ように思うのです。聞こえない[#「聞こえない」に傍点]から、ないのではなくて、聞かないから、ないと思うのです。見ようとしないもの、聞こうとしないものには、何事もないと同様です。
いったい機縁というか、契機というか、機会《チャンス》というか、とにかく「縁」というものは不思議なものです。「縁なき衆生は度し難い」などと、昔からいっていますが、縁のないものには、如何《いかん》ともし難いのです。西洋の諺《ことわざ》にも、「機会《チャンス》は前の方には毛があるが、後には毛がない。機会《チャンス》が来た時、捕えればよいが、一度とり逃がしたら最後、脚《あし》の早いあのジュピターの神でさえ、捕えることができない」といっております。全くその通りです。私どもには、機会の来るのを待つ[#「機会の来るのを待つ」は太字]、時節[#「時節」に傍点]
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