。もとより小説のことであるから事実あったことかどうかはわからぬが、これなども錬金詐欺と見做《みな》してよく、恐らく支那の小説あたりからヒントを得たのであろう。
先年日本で万有還銀《ばんゆうかんぎん》説を建てた老人があった。これはもとより不正な動機で企てられたのではないが、助手の詭計《きけい》のために、錬銀術師自身が欺かれて居たことが、後に明かにされた。最近、長岡《ながおか》博士によって水銀から金の生ずることが証明されるに至って、錬金術の一部分が科学的に実現された訳であるが、まだ、このことを種に詐欺が行われたということは聞かない。藁から真綿を取る方法を発見して沢山の智識階級を欺いた男には、こんなことを聞かせぬ方がよいかも知れない。
今から三十年前にボストンで、ジャーネガンという牧師が、海水から金を採る方法を発見したと称して、大会社を建て、附近の大富豪の金を搾り取った話がある。詐欺師が牧師であったために、人々はまんまと一ぱい喰わされたのである。随分沢山の智識階級の人を網羅して居たけれどもやはり、みんな慾に眼が晦んで気がつかなかったのである。私は左に、近代の錬金詐欺師として最も有名なエドワード・ジョーンスを紹介し、彼の行った方法に就て記述して見ようと思う。
ジョーンスはサンフランシスコの男で、化学の智識が豊富であった。始め彼は化学に興味を持ち、学問のために身を捧げようとしたが、段々落ぶれて行って友達などが顧みなくなり貧乏のどん底に沈んだために、遂にその科学的智識を悪事に応用した。そうして彼は犯罪者仲間から、Gold Dust Teddy(金粉のテッジー)と綽名されるに至ったのである。
金粉のテッジーと綽名されたのは、彼が常に二つの袋を携え、一方に金粉を入れ、一方に真鍮粉を入れて、バーやその他の場所に出入りし、鉱山師やその他の連中に逢って、いい鴨が見つかると、先ず金粉の方を見せて、その実価の三分の二位で売る契約をし、いざというときに、真鍮粉を渡したからである。
なお又彼は金塊詐欺をも行った。それはやはり、金塊を売る契約をして、いざという時に真鍮の中へ鉛を入れて同じ目方にしたものを渡すのである。買う人はいずれも不正品をやすく買うつもりで手を出すのであるから、彼を訴えることが出来ず、その儘沈黙を守ったので、彼は長い間、その詐欺を営んで居たのである。然し乍ら、とうとう、市の保安会の決議によって、サンフランシスコを追い出され、ニューヨークに来て一ヶ年半程滞在し、後英国に渡って富豪達に人気のある一流のホテルに宿泊した。
其処で彼は数多《あまた》の紹介状を贋造して、多くの富豪の知己となり、それから彼は徐々に詐欺の方策を進めて行った。そうして郊外に一軒の家を求めてそれを立派な実験室に改造し、錬金の秘法を発見したと言い触らして、いい鴨の飛び込んで来るのを待った。
その鴨の一つとなったのがボンド街に貴金属商を営んで居るストリーターであった。彼ははじめストリーターに逢っても、少しもその秘密を洩さなかったが、段々親密に交際するに及んで、遂に彼の発見した錬金の秘密法を語ったのである。彼の発見した方法によると、一ポンド金貨をるつぼ[#「るつぼ」に傍点]に入れて溶かしそれに特種の薬品を加えると三倍量の黄金を得るというのであった。もとより、ストリーターは、はじめ、そんなことは出来まいと言ったので、テッジーはストリーターを実験室に案内して、助手と共にその実験を行って見せた。彼は五個の一ポンド金貨をるつぼ[#「るつぼ」に傍点]の中へ入れ実験を終って、其処に発生した金塊を手渡し、「ストリーターさん、この金塊を冶金師のところへ持って行って分析して貰って下さい」と言った。
ストリーターがある冶金師をたずねてそれを分析して貰うと、果して使用した金量の三倍に当った。驚いてテッジーの許へ帰ると、テッジーはストリーターにすすめて多額の資金を出させ、それを三倍にしてあげようと言った。
ストリーターの心は大に動いたが、何となく危険に思ったので少しく躊躇した。彼はテッジーが助手を使って実験を行うのに不安を懐いたのである。そこで金貨を提供する代りに、金の棒を提供するから、それを三倍にして貰いたいというと、テッジーは金貨でなくては実験はしないと言ったので、愈よその疑念を深めるに至った。すると、テッジーは今まで見せなかった「哲学者の石」を出してストリーターに示したが、ストリーターは石のことに通じて居たので、それを見て、すぐ大理石に過ぎぬことを知り、詐欺にちがいないと悟って警視庁へ訴え出たのである。その結果テッジーの身許が知れ、テッジーは刑務所に入れられた。
然し、刑務所から出るなり又直ちに錬金詐欺を始め、其の後幾度となく刑務所に入れられた。彼は英国ばかりでなく、大陸の方へ渡
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