、ガーゼで拭《ふ》かねばならぬ。おや、紙を血でよごした。許してくれ。彼女の心臓へ注《つ》ぎこまれる血は再び帰って来ない。僕の血液は刻一刻減って行く。頭脳がはっきりして来た。暫らく、ペンを休めて、彼女の心臓を観察し、懐旧の思《おもい》に耽《ふけ》ろう。

 十分間過ぎた。
 全身に汗が滲み出た。貧血の為だろう。さあ、これからスイッチを捻《ひね》ってアーク燈をつけ、感光紙を廻転せしめよう。僕は居ながらにしてスイッチの捻《ひね》れるように準備して置いたのだ。電燈がついて居ても曲線製造には差支《さしつか》えない。

 電気心働計が働いて居る。心働計の音以外に、耳に妙な音が聞える。これも貧血の為だ!
 曲線は今作られつゝある。君に捧ぐべき恋愛曲線が今作られつゝあるのだ。然し僕は、その曲線を現像することが出来ない。何となれば、僕はこのまゝ僕の全身の血液を注ぎ尽すつもりだから。血液が出尽したとき、僕がたおれると、アーク燈や、写真装置や、室内電燈スイッチが皆|悉《こと/″\》く切れるようにしてあるから、間もなく二人の死体は闇に包まれるであろう。

 ペンを持つ手が甚《はなは》だしく顫える。眼の前《さき
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