ある。ブレークネーは常識の活用と、チャンスの利用とによって、どんな六《むつ》ヶ|敷《し》い関門をも打ち開き、少しも超自然的の力を借りない。そこが「紅はこべ」叢書の生命である。――いや、うっかりオルチー夫人の話になってしまったが、「半七捕物帳」になると、実在の半七その人が「偶然」即ち神の力を多く借りた人であるだけ、それだけ探偵そのものの興味は薄いかもしれぬが、その背景たる江戸の雰囲気とそれを写す綺堂氏の霊筆とは、それを償ってあまりがある。
 日本には欧米に於ける程沢山のすぐれた探偵小説家がないようであって、日本人の現代の生活振りが探偵小説の題材となるに適せぬという人もあるが、現代を背景としないで、過去を舞台としたならば、非常に面白い作品が出来るだろうと思われる。探偵小説だとて必ずしも科学を加味する必要はないから、そういう方面に心掛ける作家が出てほしいと思う。
 大震災以来、所謂「新講談」が歓迎せられるようになり、その方面に優れた作家も多いようであるから追々そういう人の手によって、立派な歴史的探偵小説の書かれる日が来るだろうと、私はひそかに待っているのである。
[#地付き](「新青年」大正十四年新春増刊号)



底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
   1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
初出:「新青年」博文館
   1925(大正14)年新春増刊号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「機智」と「奇智」の混在は底本の通りです。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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