歴史的探偵小説の興味
小酒井不木

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)小説に就《つい》て

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)六《むつ》ヶ|敷《し》い

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)そのいかなさ[#「いかなさ」に傍点]
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 森下雨村氏から歴史的探偵小説に就《つい》て何か書かないかといわれて、はい、よろしいと易《やす》受合いをしたものの、さて書こうと思うと何にも書けない。これが犯罪学に関したことなら、参考書と首っ引きで、相当に御茶を濁《にご》すことが出来るが、歴史的探偵小説を研究した参考書などは一冊もなく、ただもう自分の読んだ(それも多くは遠い過去に読んだ)少数の作品に就てのぼんやりした感じより浮ばないのであるからほとほと閉口してしまった。私の大好きなオルチー夫人に就ては馬場氏が御書きになるというのであるから、いよいよ以て書くことがなくなってしまう。私の頭の中の歴史的探偵小説に関するライブラリーからオルチー夫人の作品を取り除いたならば、丁度、むかし基督《キリスト》教徒に掠奪されたアレキサンドリアの図書館のようにがら明きになってしまうからである。サバチニなどの歴史的探偵小説や、ドイルのある作品など面白いには面白いが、どうもオルチー夫人ほどの興味が私には湧かぬ。もう少し、誰か、読みごたえのある歴史的探偵小説を書いてくれたら、こうもこの文を書くに困るまいが、こればかりは考古学者のように墓穴を掘ってさがす訳にいかぬから始末におえぬ。
 が、こんなことを書いていては、書く私の困惑よりも、読者の御迷惑の方が遙かに大きいと思うから、これから歴史的探偵小説の興味というようなことに就て、思ったままを述べて見たいと思う。
 歴史的探偵小説に限らず、上手に書かれた歴史小説は、とにかく、読んで面白いものである。事件の推移の有様よりも、その事件の行われている背景がいうにいえぬ楽しい気分を醸《かも》してくれるものである。白日《はくじつ》に照された景色よりも月光に照されてぼんやりしている景色の方が、何とのう、神秘的な、怪奇的な奥床《おくゆか》しい気分をそそると同じように、過去の時代即ち想像によってしか思い浮べることの出来ぬ時代もそれと同じような気分を湧かすからである。
 岡本綺堂氏の「半七捕物帳」は私の大好
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