いちぶ》に足らぬ黒い濃い毛が密生しておりました。俊夫君はその短い毛を熱心に計って、その結果を手帳の中へ書き加えました。それから俊夫君は八の字髭を軽く引っ張って、二三本を抜き、それを丁寧に保存しました。
 髭の検査が終わると、俊夫君は手の指を一本一本熱心に調べましたが、ついに右の人差し指の爪の間から細い細い毛を一二本ピンセットでつまみだして、同じように保存しました。
「これでよろしい」
 と俊夫君は満足げな顔をして申しました。
 小田刑事は俊夫君の探偵ぶりを見るのが好きですから、私たちといっしょに途中で昼飯《ひるめし》を認《したた》めて巣鴨の博士邸さして行きました。
 博士邸に着くなり、俊夫君は、家《うち》の周囲を一めぐりしてこようといって、先になって歩きました。勝手口のところに、何に使ったのか、たくさん雪を取った跡がありました。俊夫君はそれをじっと眺めていましたが、やがて歩きだし、一まわりして玄関に来ると、家《うち》の中からは令嬢が出迎えてくださいました。
「先生の寝室へ案内してください」
 と俊夫君は令嬢に申しました。
 寝室にはベッドが置かれて、白布《しろぬの》に包まれた蒲団が掛けてありましたが、俊夫君はそれを取り除いて、敷布の上を熱心に探しました。そして枕の下から一本の毛を拾いあげて保存しました。それからベッドの下や、寝室のあちらこちらを検《しら》べまわりましたが、別に、これという発見はないようでした。
「湯殿へ案内してください」
 と俊夫君はとつぜん申しました。私たちは何のことかと顔を見合わせましたが、令嬢は黙って先へ立ってゆきました。
「風呂をわかすのは婆やさんですか?」
 と俊夫君が聞きました。
「いえ、婆やは年寄りですから、風呂は斎藤さんの受け持ちです」
「婆やさんは、そんなに年寄りですか」
「耳も遠く、目もよく見えぬのですが、長年忠実に仕えてきてくれましたから使っております」
 と令嬢は答えた。
 湯殿は二坪ばかりの広さで、隅の方に三尺四方位の浴槽が備えつけてありましたが、水で濡れておりました。俊夫君は熱心に探した結果、浴槽の外側の、ちょっと人目につきにくい所に、赤黒い小さい斑点をたった一つ見つけましたので、令嬢に頼んで、その部分の木を斑点もろとも削らせてもらいました。
 湯殿の検査が終わってから、俊夫君は令嬢に向かって顕微鏡を貸してくださいと頼みま
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