じことを考えたと見えて、
「やっぱり、噂に高い間諜《スパイ》の仕業《しわざ》ですか?」
と尋ねました。
「いいえ、私の兄が犯人として警察へ連れてゆかれたのでございます。しかし兄はけっして父を殺すような人間ではありません。ですから、俊夫さんにこの事件の探偵をしていただきたいと思って参ったのでございます」
「どうか事情を詳しく話してください」
令嬢の話によると、遠藤博士は生来短気な人であったが、五年前に夫人が亡くなられてからはいっそう気が短くなられたのだそうです。令息の信清氏は、今年二十四歳の青年であるが、父博士とは性格がまったく違って文学好きであり、事々に博士と意見が衝突して、この三年間は、健康を害してもいたので須磨の××旅館に養生かたがた滞在して、小説などを書いて暮らし、その間一度も家《うち》へ帰ってこなかったのだそうです。
ところが今から六日前、すなわち一月十一日の晩、博士はある会合から帰ると、流行性感冒にかかって発熱されたそうです。博士は医者にかかることが嫌いで、いつも自分の診断で薬を飲まれたそうです。この四月には停年で大学をやめられることになっていて、近頃はずいぶん気が弱くなっておられたのであるが、病気のために急にさびしくなったためか、十二日になって話しておきたいことがあるから電報で信清を呼び寄せてくれと言われたそうです。
そこで令嬢はその日と十三日と、二度も兄さんへ電報を打ったところが、兄さんからは帰るのが嫌だという返事がきたそうです。すると博士は令嬢に向かって、須磨まで行って連れてこいと言われたので、令嬢は書生の斎藤と婆やとに留守を頼んで、十三日の夜出発し、二日もかかって兄さんを説伏《せっぷく》し、昨日《きのう》の朝早く二人で須磨を立って、昨夜一時頃帰宅されたのだそうです。
「ところが昨晩帰りましたら、父はどうしたわけかたいへん怒って、私たちを病室へ入れてくれませんでした。斎藤さんが出てきて、明日の朝先生の機嫌のよい時お会いになった方がよいでしょうと申しましたので、私と兄とは別々の室《へや》に寝ました。私は旅の疲れでぐっすり眠りまして、今朝《けさ》婆やが、父の殺されたのを知らせてくれるまで何も知らずにおりました」
令嬢はここで言葉を切り、俊夫君の顔を見つめて、さらに言葉を続けました。
「事情を聞いてみると、何でも父は昨夜一時頃に、その時まで看護
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