あ、これをお上りなさい」と彼女はやさしく言った。
グレージーは嬉しがり、「有難う、それじぁ、二人でこの盃を飲もうよ。恋の酒だもの」こういって、彼はその眼に恋の焔を漲らせながら先ず盃を彼女の口もとに持って行った。
彼女はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。
「いけないいけない」と彼女は思わず叫んだ。
「わたしは別の盃でのむのよ。注いで頂戴」と声ふるわせて言った。
「何故?」と、グレージーの眼には始めて疑惑の色が浮んだ。
「わたしがあなたの盃についであげたのだから、あなたはわたしの盃につぐのよ」
と、彼女の答はしどろもどろであった。
それからグレージーは不快な顔をしながら静かに盃を唇のそばに持って行った。そうして、彼女の様子を見まもった。盃が唇に触れたとき彼女の顔色がさっと変った。グレージーは忽ち彼女の恐ろしい計画を見破った。そうして、いきなり盃を床の上に投げつけた。
「俺を殺すつもりだったな。よし、殺すなら殺せ、俺も貴様を殺してやろう」
こう言って彼は立ち上って彼女の腕をぎゅッとつかんだ。
「あれーっ」と叫んで彼女が死物狂いで振りはなすと、彼女の片袖がグレージーの手に残った。グレ
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