です」
由紀子は弘《ひろむ》が快活であるだけ、それだけ怖ろしい気がした。
「もう直《じ》き、弘《ひろむ》ちゃんに殺されなければならぬから」
「あはは」と弘《ひろむ》は、由紀子の前に落ちて居る「日誌」を見て笑った。「見てしまったね。少し薬がききすぎましたか」
「え?」
「では……」
「それは僕の薬ぶくろですよ」
「…………?」
「といってはわかりませんか。而《しか》もあき[#「あき」に傍点]袋です。僕の病気は普通の薬では治らないのです。薬をのむ代りに、そこへ書くのです。つまり安全弁です。姉さんだって、時々涙をこぼして日記を書くじゃありませんか。書いてしまえば心の病気はけろりと治るでしょう。それです。この薬袋のある間は、僕は殺人もしなければ発狂もしません。ただ姉さんの腕の白過ぎるのは気になるけれどね」
由紀子の頬はあかく染まった。弘《ひろむ》はビリーの薬袋をつかむなり、呆気にとられた姉を残して、階下へ走り降りて行った。
底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「文学時代」
1929(昭
前へ
次へ
全14ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング