て、エプロンのポケットから、ビスケットを取り出してビリーに与えた。ビリーは、あまえるようにして、由紀子の股に、咽喉《のど》のあたりをぴったりつけて食べるのであった。
由紀子は暫くの間、自分もビスケットを食べながら、一度は傷《きずつ》いたことのある肺臓へ、今はふっくりとした胸壁を上下させながら、春の空気を思う存分呼吸した。弟の弘《ひろむ》と二人暮しの閑寂な生活で、ビリーは自分の愛児のようになつかしかった。
「弘《ひろむ》ちゃんは遅いのねえ、きっとまたどこかへ寄り道をしてくるのよ。悪い人ねえ」
突然、ラウドスピーカーが昼間演芸の放送をはじめた。零時十分なのだ。
「そうそう、お薬をのまなけりゃ、ちょっと待っていらっしゃいよ」
彼女が膝の塵をはたきながら立ち上ると、ビリーは、どたりと腹を地に据えて、前脚をつき出した。
前の放送の終った頃にのませるべき筈だったのを、うっかりして居た責任感から、由紀子はあわてて椽側にかけ上った。そうして、ラジオセットの前に来ると、ビリーの薬袋はどこへ行ったか見当らなかった。
「放送が始まったら、ビリーに薬をやることにしましょう。そうすりゃ、いくら忘れっぽい
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