相がよくなかったので、私は時節柄|一寸《ちょっと》、気味の悪い思いをした。然《しか》し、靴をぬいで腰掛の上に坐り、車窓にもたれて眼をとじると、いつの間にか、人相の悪い人のことなど忘れてしまって、頭は母のことで一ぱいになった。
いつもならば、私は列車の響に眠気を催すのであるが、今夜はなかなか眠られそうになかった。後には、牛込の寓居《ぐうきょ》に残して来た妻子のことや、半分なげやりにして来た会社の仕事のことなどが思い出されて、とりとめのない考えにふけっていたのである。
梅雨どきのこととて、国府津《こうづ》を過ぎる頃は、雨がしきりに降り出して、しとしとと窓を打ち、その音が、私の遣瀬《やるせ》ない思いを一層強めるのであった。列車内は煙草の煙が一ぱいで、旅客の中には眠っているものもあれば、まだ盛にはしゃいでいるものもあったが、薄暗い電灯の光に照された陰影の多い人々の顔には、何となく旅の悲愁といったようなものが漂っていた。そうして私の気のせいか、人々の顔には「魔の列車」であることを意識して警戒するような表情が読まれた。ふと、私の前の、人相の悪い人に眼をやると、その人は軽い鼾《いびき》をかいて眠
前へ
次へ
全22ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング