後妻の枕もとのあたりに前と同じようなぴかりと光るものを見ました。私はがばとはね起きて、電灯をつけましたが、やっぱり猫はおりません。
「まあ、どうしたというの?」と、彼女はびっくりしていいました。
「なに、何でもないんだ」と答えた私の声はたしかに顫えておりました。
それから私は電灯を消して再び寝につきましたが、やがて私が彼女の方を向くと、再びぴかりとするものが見えました。私ははげしい興奮を辛うじて抑制しながら、徐《おもむ》ろに右手をのばして、その光るものの方へ近づけると、私は思わずも彼女の鼻をつかみました。
「何をなさるの?」と、後妻は笑いながらいいました。私は笑うどころでなく、なおもその光る物の方へ指をのばして行きますと、彼女の右の眼の睫毛《まつげ》にさわりました。私はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]として手を引きました。
猫の眼のように光るのは、まがいもなく彼女の右の眼でした。
私はその時心臓が胸の中から、抜け出るかと思うような感じをしました。
後妻が猫になった!
猫の祟り!
先妻の執念!
こう考えると私は、もう恐しさに彼女にそのことを告げる元気がありませんでした。その夜は一晩中考えて寝られませんでしたが、あくる日になって、私は断然、彼女には告げないで置こうと決心しました。彼女がもしそれを知ったならば、発狂し兼ねはしないだろうと思ったからです。或は私の錯覚であったかも知れぬと思い、その後、くらやみの中でそれとなく彼女を観察しましたところ、まがいもなく彼女の眼は猫のように光りました。
私はその時はじめて、物の祟りということを信ずるに至りました。今になって見れば彼女の眼の光ったのは何も不思議なことではありませんが、しかし、物の祟りを信ずるの念は、もはや動かすことが出来なくなりました。
後妻は何も知らずに△△教に通いました。然し右眼は遂に完全に明《めい》を失ってしまいました。とかくするうちに、彼女の眼は暗やみの中で光らなくなりましたので私は一時内心で喜びましたが、明を恢復することが出来ぬばかりか、だんだん右の眼が前方に突出して来るようになり、それと同時に彼女ははげしい頭痛を訴えました。
ある日彼女は突然高熱を発してどっと床につきました。私はもう我慢が出来なくなって医師をよぶことにすると、さすがの彼女も同意を表しました。診察に来て下さったN博士は、彼女を診察し終るなり、私を別室に呼んで、
「はじめ奥さんの右の眼は、猫のように暗やみの中で光りはしませぬでしたか?」
と、小声でたずねました。私はびっくりして答えました。
「そうです」
「あれはグリオームという病気で、網膜に出来る悪性の腫瘍なのです。子供に多いのですが、大人にもたまにあります、猫の眼のように光る時分に剔出《てきしゅつ》するとよいのでしたが、今はもう手遅れです」
「手遅れと申しますと、右の眼が助からぬということですか」と私は心配してたずねました。
「いいえ、残念ながら腫瘍が脳を冒しまして、急性脳膜炎を併発しましたから、とても恢復は望めません」
私は脳天に五寸釘を打こまれたように思いました。地だんだ踏んで後悔してももはや及びませんでした。
その夜から妻は高熱のために譫語《うわごと》をいうようになりました。
「三毛が来た!」
「三毛が来た!」
こう叫び続けて、三日目の午後、彼女は二十七歳を一|期《ご》として瞑目しました。
たとい、彼女の右眼の病気が不思議な原因でないとわかっても、私は、彼女が先妻の死霊の祟りのために死んだのだとかたく信じました。そうして、私は心の中で、先妻の死霊と、それの乗りうつっている三毛とを呪いました。若し三毛がその時家の中《うち》にいたならば、きっとたたき殺したにちがいないと思うほど憎悪の情に駆られました。
私は彼女の死体を八畳の室に運ばせました。この室は縁側がついていて前に可なりに広い庭を控え、彼女が生前一ばんすきな室であったからです。私は障子を取り払って彼女を庭の方へ向わせ、香を焚《た》きました。香の煙が流れて、庭の新緑の木の葉のまわりにただよった有様は、今でも忘れることの出来ぬ悲痛な印象を与えました。
それから私は親戚のものたちと葬式その他の準備の相談をすべく別室に集りました。すると程なく店のものがあわてて私のところへ飛んで来ました。
「旦那大へんです、三毛が庭へ姿を見せましたよ」
これをきくと同時に、私の憤怒の血は一時に逆上しました。私は三毛に復讐するのはこの時だと思い、奥の間へ行って、村正の刀を取り出しました。そうして死人の室の襖《ふすま》をあけますと、驚いたことに三毛は死体の上に、どっしりと蹲まっておりました。
私はさっと刀を抜きました。三毛は私の殺気を認めたのか、ぱっと飛び出して、庭の上に走り降りました。私も続
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