いことに疑惑を抱いたことを恥じて、遠慮なく、御馳走になった。母や妻子のことで一ぱいになっていた頭に、この時はじめて余裕を生じ、それと同時に、私はその人に対して一種の興味を感じはじめた。というのは、私は、いわば直感的にその人が何か深い因縁で、不具者になったように思えたからである。
「どちらまで、御越しで御座いますか」とその人は私に向ってたずねた。
「母が危篤だという電報を受取ったので、名古屋まで帰るところです」
「そうですか。それは御心配で御座いますな。いやもう、そういう時の御心持には十分同情が出来ますよ。私はいま家内の遺骨を携えて家内の郷里の大津まで行くところです」
私はそれをきいて何となくぎくりとした。そうして思わずもその人の顔を見つめた。
「御母さんの御病気のときに、こんな縁起のわるい御話をしては大へん失礼でしたな」
「いいえ、私は縁起とか何とかを決して信じません」と私は笑いながら答えた。
するとその人は急に真面目な顔つきをして言った。
「私も以前は、縁起だとか、物の祟りだとかを信じなかったのですが、こうして家内に死なれたり生れもつかぬ不具者《かたわもの》になったりしますと、やはり、そういうことを信じないではいられなくなりましたよ」
私はこの言葉をきくと妙な感じに襲われた。というのは、平素私は迷信を一切排斥していたのであるが、今日母の危篤の電報を受取ってからというものは、何となく迷信を斥《しりぞ》けることが出来ぬようになって、実をいうと先刻、この人から、妻の遺骨云々のことをきいたとき、何だか母が死んでしまいそうな気がしてならなかったからである。
「奥さんは最近におなくなりになりましたか」と、私はしんみりした気持になってたずねた。
「ちょうど五十日|前《ぜん》になくなりました」といってその人は悲しい表情をした。私はこんなことをきかねばよかったと思い、話題をかえるつもりで、
「失礼ですがあなたは戦争にでも御出になって負傷なさったので御座いますか」と、たずねた。
するとその人は更に一層悲しそうな表情をしていった。
「妻のなくなった同じ日に眼と足に負傷したのですよ。ですから、まだ義足をはき馴れてもおらず先刻はとんだ失敗をしたのです」
私はその時、その人の悲しみに同情するよりも、私の予想が当ったような気がして、その人の不具となった事情がききたくてならなかった。し
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