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ぐるぐると暗い街をいい加減に歩いて、やがて賑かな大通りが先方に見え出したとき、ふと傍に、紫色の硝子にカフェー・オーキッドと白く抜いた軒燈を見た。外観は小さいが、中はテーブルが五六十もあるカフェーで、いつか友だちと来たことがあるので、彼は吸い寄せられるようにドアを押した。
客はかなりにこんでいたが、都合よく一ばん奥のテーブルがあいていたので、常になくくたびれた気持で清三は投げるように椅子に腰かけた。そうして受持の女給にウイスキーを命じ、ポケットからバットを取り出して見たものの、マッチを摺るのが、いやに恥かしいような気がして躊躇した。
「あら、梅本さんお久しぶりねえ」
突然、通りかかった一人の女給が声をかけた。見るとそれは、かつて恋人の妙子と共にM会社のタイピストをしていた女である。二三度妙子の下宿であったのだが、まさかカフェーの女給をしていようとは思わなかった。
「やあ」清三はどぎまぎしながら答えた。そうして無理ににこにこしようとしたが、それは、へんに歪んだ顔になっただけであった。
「どうかなすったの? 妙子さんは相変らずお達者?」と、彼女は意味ありげな顔をしていった。
「妙子
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