を鼓《こ》して参ります。喜んであなたの腕に抱かれに行きます。そのことを思うと手が震えてなりません。どうか私の心を御察し下さい。両親よりよろしく申上げました。委細は御目にかかって申します。おなつかしきT様。
と、申し上げたら、あなたはきっと御喜びになるで御座いましょう。然し、残念ながら、今の私には微塵《みじん》もそんな心はないので御座います。思えば結婚式がすむ迄、私もやはり世の常の花嫁の抱くような楽しい夢を胸に描いて居《お》りましたが、その夢は、披露の宴の際、忽然《こつねん》として消えました。御友人の一人……お名前は申し上げません……が、可なりに沢山お酒を召し上り、酩酊のあまり、私の母に向って、あなたが網膜炎で片眼しか見えないと御告げになった時の母の驚きは、何にたとえんすべのない程大きいもので御座いました。私もそれをきいたとき、くやしさに胸がはりさける程で御座いました。片眼しか御見えにならぬという事実よりも、それを隠そうとなさった御心に腹が立ちました。何という恐しい御心で御座いましょう。私たちは御仲人様をも恨みました。無論御仲人様も御承知はなかったのですが、それにしてもあんまりな事だ
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