ます。両親も、もはや今となっては、すっかり諦めて居《お》ります。まだ御仲人様には申し伝えにまいりませんが、その代り、私がこの手紙を書くことに同意してくれました。実は、両親は御仲人様のところへ出かけるのに、頗《すこぶ》る足が重いらしいので御座います。
不思議な御縁もこれで一旦の夢となってしまいました。どうぞ、私のことは一切忘れて下すって御身体を大切に遊ばし、良い御縁を御求めになり、幸福な御生涯をお送りになるよう蔭ながら御祈り申し上げます。まだ種々《いろいろ》申し上げ度いことも御座いますが、書けば書くほど未練な心も生じ、涙が頻《しき》りに出ますから、これで失礼致します。末筆ながら御両親様によろしく御伝え下さいますよう。乱筆を御許し下さいませ。
× 月 × 日[#地から2字上げ]文子《ふみこ》
二
おなつかしきT様。
何という意外なことで御座いましょう。私は夢を見て居るのではないかと思います。今日御仲人様がおいでになりまして、私の手紙に対するあなたの御返事を承わり、且つ、あなたの御一身上の秘密を伝えききましたとき、嬉しいというよりも、むしろびっくりしてしまいました。本当に私たちはどういう奇《く》しき因縁のもとに生れたので御座いましょう。あなたもまた私と同じように、左の眼の網膜炎に罹《かか》って明を失って御いでになろうとは、偶然の一致とはいえ、あまりにも偶然過ぎることで御座います。右の眼と左の眼との相違こそあれ、共に片目が見えないということ而《しか》もそれを双方が秘密にし合ったということは何という皮肉な運命で御座いましょう。似た者夫婦という言葉がありますが、こんな風に似ようとは、お互に思いもよらぬことで御座いました。両親はじめ私も、こちらの秘密を隠すことに気をとられて、ついついあなたの御眼には気がつかなかったので御座います。まさかあなたが同じ病に罹っておいでになろうとは、どうして考えられましょう。もとより御仲人様からはその話はなく、今日御仲人様が見えまして、はじめて双方の秘密をお知りになり、知らずしてこれまで双方を欺《あざむ》いて居たと言って苦笑して居《お》られました。然し、若しこれが、双方のだましあいの喜劇に終らず、一方だけがだまされる悲劇に終ったとしたならば、御仲人様の責任は決して軽くはないと思います。
思えば結婚の当夜、褥《しとね》の上でさえ、眼鏡を御取りにならなかった理由が、今になって私にもはっきりわかりました。そうして、あなたも、私と同じように、なるべく私に覚られまいと苦心して御いでになったかと思うと、何だか笑いたいような気になって来ます。あの時、二人が潔《いさぎよ》く打あけ合って居たら、どんなにか、心を軽くすることが出来たであろうにと、今更残念がっても致し方が御座いません。
それにしても、あなたが、私と同じように潔く秘密を御打ちあけ下さって、私に是非共帰って来るようにと仰せ下さることは、あなたを御慕い申し上げて居る私にとって、どんなに嬉しく且つ恥かしいか、到底筆紙のよく尽すところでは御座いません。両親もほっと一安心致しましたが、御仲人様に対しては急に御挨拶も出来ず、一先ず帰って頂いて、こうして私が、あなたのうれしい御言葉に対して、胸を躍らせながら、御返事を認《したた》める次第で御座います。
二人とも片眼を失った不具者《かたわもの》であるということは、却って二人の仲をかたく結び付けるよすがとなるかも知れません。ただ二人の間に出来る子供のことを思うと、さすがに恐ろしいような心持になりますが、必ずしも不具《かたわ》ものが生れて来るものとは限りますまいから、さほど心配するには及ぶまいかと思います。秘密を包んで持って居る間は、少しのことでも心配の種となりますが、秘密を打あけて了解を得た暁は、むかしの取越苦労をむしろ笑いたいような気になるものです。二人で二つの眼しかないということは悲しいといえば悲しいことですが、お互に外観はちっとも健康眼に変らないのですから、あなたが承知して下さった以上、私は喜んで一生涯御そばに暮させて頂きます。両親はもとより望んで居た御縁で御座いますから、今こうして、あなたが御不自由の身とわかっても、同情こそすれ、少しの不愉快をも感じないで、私の帰ることに同意してくれました。況《いわ》んや、こちらにも同じような欠点があるのを、潔く貰ってやると仰《おっ》しゃる御心には、涙を流して感謝致して居るので御座います。
まったく、私の心は晴々と致しました。婚約が成立って以来、一日として安らかな日を送ったことのない私は、今日はじめて楽しい心になりました。でも、こんど御目にかかるとき、私はどんな思いをするでありましょうか。何だか御目にかかるのが恥かしいような気がしてなりません。でも、私は勇
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