あるまいと私は思いました。尤《もっと》も、あなたは強度の近視眼で、眼鏡をおかけになって居ても、普通の人ほどには御見えにならぬとの事で御座いますから無理は御座いませんが、たとい専門の御医者様でも、一瞥しただけでは、御わかりにならぬくらいで御座いますから、両親も、私のこの欠陥を十分かくし通すことが出来ると主張し、私も両親を喜ばせるために、心を鬼にして、秘密をもったまま嫁入りしようとしたので御座います。
 実際結婚の当日までは、私は自分の罪をさほど深いものとも思わずに暮しました。ところが結婚の日の朝、思い設《もう》けぬ月のものが、突然まいりましたのには、さすがに戦慄を禁ずることが出来ませんでした。予定の日より十日も早くまいったので御座いますもの、どうして驚かずに居《お》られましょう。もとより、こうした例《ためし》は世の中に沢山あることだそうで御座いますが、脛《すね》に傷持つ身には、神様よりの警告としか考えられぬので御座いました。私はその時、本当に恐しくなってしまい、両親に向って、どうか先方様《さきさま》へ私の秘密を告げて、結婚を差し控えて下さいと、涙を流して頼みましたけれど、今になってはどうにも仕様がないではないかという、理由にならぬ理由をもって両親は無理やりに私を引っ張って行ってしまいました。自動車で運ばれる途中、御宅で式を挙げる時、それから披露の宴席に列《つら》なりました間、私はただもう恐しい夢を見て居るような心地がしましたが幸いに近視眼であらせられるあなたには、私のただならぬ顔色も不審がられずに済みました。
 両親も多少は狼狽《ろうばい》したものか、御仲人様に私の身体の不浄を申し上げたのは、披露の宴も大方すもうとした頃で御座いました。御客様がたは、だいぶ御酒を召しあがって、随分上機嫌におなり遊ばしましたが、私は恐しいやら、苦しいやら、恥かしいやらで、心も上の空で御座いました。そうして、愈《いよい》よ二人きりになりました時も、私にとっては、あの柔かい褥《しとね》がいわば針の筵《むしろ》で御座いました。私の身体の不浄は、せめてもの幸いといってよろしく、若しそうでなかったならば……と考えて、私はあの夜《よ》一睡も致しませんでした。若し子供が出来て、私のこの恐しい眼病が遺伝したならば、どんなに悲しいことであろう。あなたを欺《あざむ》いた罪が、無邪気な子供に酬《むく》いたならば、どんなにつらいことであろう。と、そんなことを考えて、まんじりともせず、はては涙までこぼして、あなたに気附かれてしまいました。あなたは、しきりに私に向って、何故泣くのかと御たずねになりましたが、あの際どうして本当のことが申し上げられましょう。その上私は、あなたの接吻をさえ拒みましたので、あなたはついに御怒りで御座いましたが、私はもう、まるで夢中で御座いました。仮りに若し、あなたが私と同じ網膜炎であらせられて、私がそれを気附かず、結婚の当夜に、その真相を御告げになったとしたならば、恐らく私は気狂いにでもなるか、さもなくば悲しみと怒りのあまり、あなたを……いえ、どんなことを仕出かしたかもわかりません。それを思って私は、どうしても打明けかねたので御座います。然し私は、自分で打明けなくっても、今にあなたは、私の秘密を発見されはしないかと思って、びくびくしながら、時々涙を拭って見えぬ方の眼を隠すようにして居《お》りましたが、どうした訳か、あなたは眼鏡をさえ御とりにならず、また私の顔を正視なさることもありませんでしたから、私はほっ[#「ほっ」に傍点]としたので御座います。
 かような、いわば薄氷を踏むような一夜が明けるなり、私は逃げるようにして実家に戻りました。両親は驚いて、頻《しきり》に私を責め、一刻も早く帰るようにすすめましたが、私の決心は確乎として動きませんので、とうとう降参してしまい、私の自由に任せてくれました。そうしてやっと心の落ついた今、この手紙を書くので御座います。この手紙を御読み下さったあなたは、始めて、あの夜私があなたを怒らしめた理由を御知り下さって、私の心に同情して下さることと存じます。無論、私があなたを欺《あざむ》いたことには御腹も立ちましょうが、一面から申しますれば、あなたを欺きとおして不幸に陥れなかった私の心には、むしろ感謝して下さるだろうとも思います。すべてはあなたを慕うのあまり、あなたの幸福を思って執った私の態度で御座いますもの、若しあなたが私を愛して下さるならば、きっと御許し下さるだろうと思います。
 然しながら、こうして一旦秘密を打明けました上は、もはやあなたの御手許へは帰れなくなりました。たとい私がどんなに御慕い申し上げ、又あなたが私のすべてを御許し下さっても、不具者《かたわもの》として御そばで一生を送ることは、私の堪えられぬところで御座い
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