の上でさえ、眼鏡を御取りにならなかった理由が、今になって私にもはっきりわかりました。そうして、あなたも、私と同じように、なるべく私に覚られまいと苦心して御いでになったかと思うと、何だか笑いたいような気になって来ます。あの時、二人が潔《いさぎよ》く打あけ合って居たら、どんなにか、心を軽くすることが出来たであろうにと、今更残念がっても致し方が御座いません。
それにしても、あなたが、私と同じように潔く秘密を御打ちあけ下さって、私に是非共帰って来るようにと仰せ下さることは、あなたを御慕い申し上げて居る私にとって、どんなに嬉しく且つ恥かしいか、到底筆紙のよく尽すところでは御座いません。両親もほっと一安心致しましたが、御仲人様に対しては急に御挨拶も出来ず、一先ず帰って頂いて、こうして私が、あなたのうれしい御言葉に対して、胸を躍らせながら、御返事を認《したた》める次第で御座います。
二人とも片眼を失った不具者《かたわもの》であるということは、却って二人の仲をかたく結び付けるよすがとなるかも知れません。ただ二人の間に出来る子供のことを思うと、さすがに恐ろしいような心持になりますが、必ずしも不具《かたわ》ものが生れて来るものとは限りますまいから、さほど心配するには及ぶまいかと思います。秘密を包んで持って居る間は、少しのことでも心配の種となりますが、秘密を打あけて了解を得た暁は、むかしの取越苦労をむしろ笑いたいような気になるものです。二人で二つの眼しかないということは悲しいといえば悲しいことですが、お互に外観はちっとも健康眼に変らないのですから、あなたが承知して下さった以上、私は喜んで一生涯御そばに暮させて頂きます。両親はもとより望んで居た御縁で御座いますから、今こうして、あなたが御不自由の身とわかっても、同情こそすれ、少しの不愉快をも感じないで、私の帰ることに同意してくれました。況《いわ》んや、こちらにも同じような欠点があるのを、潔く貰ってやると仰《おっ》しゃる御心には、涙を流して感謝致して居るので御座います。
まったく、私の心は晴々と致しました。婚約が成立って以来、一日として安らかな日を送ったことのない私は、今日はじめて楽しい心になりました。でも、こんど御目にかかるとき、私はどんな思いをするでありましょうか。何だか御目にかかるのが恥かしいような気がしてなりません。でも、私は勇
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