ちすべ》らす。王は忽《たちま》ち、「それぢやメヂューサの首を持つて来て貰はう」と答へる。
パーシユーズは口で言つたものの、さてどうしてよいかに困つて了つた。悄然《せうぜん》として浜辺に立つて居ると二人の貴人が其の前に現はれた。一人は大気の司《つかさ》アシーナの女神で、一人は伝令神マアキュリーである。パーシユーズの事情を察してマアキュリーは彼に海陸を自由に飛ぶことの出来る沓《くつ》を与へ、女神は彼に如何にしてゴーゴンに近づくべきかの方法を教へる。「先《ま》づ北の方《かた》氷寒界の彼方に蒼面白髪の姉妹を尋ね、それに迫つて、西の国で林檎《りんご》を戍《まも》れる三人の処女の在所を訊ねよ。処女はゴーゴン・メヂューサの首を獲《う》るに必要な三つの品を呉れるから、」といふのである。そこで例の沓を穿つて北に向ふと果して蒼面白髪の三人の姉妹の居る所に来た。この姉妹は三人で一つの眼を有し、物を視るときは互に貸しあふのである。丁度《ちやうど》一人が他の一人に眼を貸さうとする時、パーシユーズは突然其の眼を奪ふ。そして西の国なる三人の処女の在所を訊ねる。姉妹は容易に口を開かなつたが、最も大切な眼を奪はれて居るので遂に眼を返して貰ふために教へる。教へられた儘《まゝ》に飛び行き、三人の処女を見つけて来意を告げる。処女等は快く三つの品を呉れる。それは鎌の様に湾曲した太刀と、鏡の如く輝く盾《たて》と、今一つは革嚢《かはぶくろ》である。この外《ほか》になほ「闇隠れの兜」を呉れる。この兜を載くと何物も其の姿を見ることが出来ぬやうになるのである。
かくてゴーゴンの在所《ありか》を三人の処女から教はつたパーシユーズは、四つの品を携へてゴーゴンの棲処《すみか》に向つた。愈《いよ/\》目的地に来て見ると三つのゴーゴンは熟睡して居る。千条の蛇《じや》も等しく眠つて頭から肩に懸つて居る。中央に顔を空に向けて眠つて居るのがメヂューサである。直視するとこちらが石に化して了《しま》ふから、盾の鏡に映る像を目標として近づき、矢庭《やにわ》に剣を抜いて切り附くるとメヂューサの首は宙に飛んだ。手早く革嚢に取り入れて再び虚空に舞ひ上り兜を載いて大急ぎに引き返す、その時|他《た》の二個の怪物はメヂューサの死骸を見て大《おほひ》に怒り忽《たちま》ち跡を追つかけたけれども、伝令神の沓には及ばず、パーシユーズは首尾よく虎口を脱《のが》れた。帰途パーシユーズは、とある所に一人の少女の怪獣に襲はるるを救ひ、妻となして故郷に伴つた。
国王はパーシユーズが決して無事で帰らぬものと思ひ、不在中母のダネイを挑んで止《や》まない。然《しか》しダネイがどうしても意に従はぬので王は大に怒つて之を殺さんとダネイの家に乱入する。丁度其処へ帰つたパーシユーズは、国王の前に立ち塞がり、「約束通りメヂューサの首をお目にかけよう」といひ様《さま》、不意に王の目に前に差し出すと、王の五体は立ち所に竦《すく》んでそのまゝ石と化して了つた。――ゴーゴンの伝説は之で終る。
話は神話から実説に移る。毒蛇を説くものはエヂプトの最後の女王クレオパトラの臨終の模様を書き落してはなるまい。何となればクレオパトラは毒蛇に身を噛ませて自殺したと伝へられて居るからである。然しこれは果して事実であつたかどうかは千古の謎として残つて居る。
アントニーとクレオパトラとの恋物語は今更茲に喋々《てふ/\》するまでもなからう。アントニーはオーガスタス帝の妹を妻としたが、クレオパトラの容色に魅せられて離縁すると、オーガスタス帝は怒つてクレオパトラに宣戦する。運|悪《つたな》くアントニーとクレオパトラの艦隊は敗北し共に遁《のが》れ帰つたが途中アントニーはクレオパトラが死んだといふ偽報《ぎほう》を聞いて自殺する。女王は時に三十八歳であつた。オーガスタスはなほも慊《あきた》らずクレオパトラをローマに連れ帰らうとしたが、女王はアントニーの墓を訪ね、二人の侍女と共に墓室に閉ぢ籠り、オーガスタスに書を送つてアントニーと同じ墓に葬つてくれと請願した。程経《ほどへ》て、兵士共が女王の室の戸を開くと、女王は黄金の床の上に眠るが如く死んで居て、二人の侍女も虫の息であつた。
その死の原因はいまだに解けぬ。ある説によると墓室に閉ぢ籠つて居るうち、無花果《いちぢく》を盛つた籠《かご》を携へた男が通され、その籠の中に毒蛇が隠されてあつて、それに腕(胸といふ説もある)を噛ませて自殺したといひ、他の説によると、女王は予《かね》て花瓶の中に毒蛇を飼つて置き、金製の紡錘《つむ》でつついて怒らせ噛ましたといひ、第三の説によると空洞《うつろ》になつた鈿《かんざし》の中に毒を入れて常に髪に挿して居て、其の毒を仰いで死んだといふのである。毒蛇の説を反駁するものは、女王のやうに自ら美を誇つたもの
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