霊薬)の名にてもてはやされ、丁度《ちやうど》希臘《ギリシヤ》神話の中の諸神が生命の培養に用ひたと伝へらるるアムブロジアのやうな役目を演じて居る。
サツフオード氏の報告に依るに、西インド諸国及び南米に住むインド人共は現今も種々の麻酔薬を用ふるのであつて、それはピブタデニア・ペレグリナと称するものから生ずる物質であるといふ。其他《そのた》阿片《あへん》にしろ大麻《だいま》にしろ何れも麻酔作用を有するものであつて、大麻の如《ごと》きは古来印度の僧侶が「定《じやう》」に入るときに用ひたものである。話は少し外《そ》れるが後《のち》に探偵小説を論ずるときに必要であるから「定《じやう》」に入ることに就て茲《ここ》に少しく述べて置かう。
蛇や蛙其の他の動物が所謂《いはゆる》冬眠を行ふことは周知の事実であるが、人類には本来かゝる能力は存在しない。ところがある人々にとりては事実上かゝることが可能である。大覚世尊《たいかくせそん》(釈迦)が年七十二の時、法機|漸《やうや》く熟して法華|爾前《にぜん》に於ける権実《ごんじつ》両教の起尽を明かにするため無量義経《むりやうぎきやう》を説き「四十余年|未顕真実《みけんしんじつ》」と喝破して静かに禅定《ぜんじやう》に入つた話は仏者の間に有名であり、わが弘法大師は現にまだ禅定のうちにありとさへ或る一部の人々に信ぜられて居る。これ等は其の真偽を正すに由《よし》ないが、印度の僧侶は今もなほかかることを行ひ、現に信ずべき記録に載せられてある。ハーレー氏の記載に依ると印度の僧侶が「定」に入るときは先《ま》づ大麻を飲んで麻酔状態となり、その状態の儘《まゝ》で、冷《つめ》たき静かな墓の中に置かれ、六週|乃至《ないし》八週を経過するのである。ブレード氏は一八三七年ある僧侶がラホールにて「定」に入り、六週を経て掘り出された時の状態を記して居るが、それに依ると四肢は固くなり心臓の鼓動さへなかつたといふ。而《しか》も立派に生き還つた。この実験は厳密に行はれ、昼夜交替で墓の上を軍人共が守衛した。其他|独逸《ドイツ》の医師ホーニツヒベルゲルも、印度滞在の際ある僧侶に就て四十日間の「定」を実験した。この僧侶は其名をハリダスといひ、嘗《かつ》て四ケ月間山間の墓の中で「定」に入つたさうで、墓に入る前に髭を剃つたが、四ケ月後墓から出たとき少しも髭は伸びて居なかつたといふ。かやう
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