るオルフユーズの愛妻ユーリヂシーが毒蛇に脚を噛《かま》れて死に、従つて生ぜし楽人の哀話《あいわ》などを見ても、如何《いか》に蛇と原始人類との交渉の多かつたかを知るに足らう。
 直接毒蛇に関した話ではないが、蛇《じや》に縁故があり且《か》つ西洋の文学書に度々《たび/\》引用せらるゝゴーゴンの伝説は、希臘神話中最も興味多き部分であるから、茲に少しく書いて置かうと思ふ。夏目漱石氏の「幻の盾《たて》」の中にもゴーゴンの頭に似た夜叉の顔の盾の表に彫《きざ》まれてある有様が艶麗《えんれい》の筆を以《もつ》て写されてある。「頭の毛は春夏秋冬《しゆんかしうとう》の風に一度に吹かれた様に残りなく逆立つて居る、しかも其一本々々の末《すゑ》は丸く平たい蛇の頭となつて、其《その》裂目から消えんとしては燃ゆる如き舌を出して居る。毛といふ毛は悉《こと/″\》く蛇で、其の蛇は悉く首を擡《もた》げて舌を吐いて、縺《もつ》るゝのも、捻《ね》ぢ合《あ》ふのも、攀《よ》ぢあがるのも、にじり出るのも見らるゝ」と漱石氏は書いて居る。実にゴーゴンの毛髪はかくの如き物凄いもので、其の顔も五体も普通の女子ではあるが、この外に黄金の翼と真鍮の爪とを有し、若《も》し何人でも之《これ》を凝視するときは、忽《たちま》ち化して石となると伝へられて居る。ゴーゴンは姉妹《きやうだい》三人から成り、世界のある一端に住んで居たのであるが、そのうち二人は不仁身《ふじみ》で、斬《き》つても打つても死なないが、末の一人なるメヂユーサのみは、若し巧みに剣を用ひて急処を打つたならば、その命を奪ふことが出来ると言ひ伝へられた。
 アルゴスの王女ダネイと其の息子パーシユーズとが、ある事情のもとに匣舟《はこぶね》に載せられて果しなき海に流される。幾多の恐ろしき暴風雨の後ある浜辺に漂ひ着いて一人の男に助けられ其の男の厚意によつて数年を暮す。するとその島の王がダネイに懸想《けさう》して手に入れようとしてもダネイは応じない。王はパーシユーズを遠ざけさへすればダネイの心を変へることが出来るであらうとて、ある難題を持ち出す。即ち島内の若者を呼んで、ある目的のために馬が必要だから馬を一疋づつ持つて来いといふ。パーシユーズには馬がないことを王は知つて居た。パーシユーズは困つて、「もつと尊《たふと》い物を求めて下さい。メヂューサの首でも自分は辞せない」と口辷《く
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