めて知らぬ顔を装って居たのだが、あれこそ、先生の憂鬱の原因と関係があって、その当時は絶対の秘密を要したことだから、僕は自分ながら感心するほど、よく自制したよ。が、今はそれを自由に物語ることが出来るのだ。君も、きっと喜ぶだろうが、僕もうれしい気がする。
 K君。
 君はよく記憶して居るだろう。郊外Mに文化住宅を構えて居た若き実業家北沢栄二の自殺の一件を。一旦自殺として埋葬されたのを、警察の活動によって、未亡人|政子《まさこ》とその恋人たる文士緑川順が、他殺の嫌疑で拘引され、死骸の再鑑定をすることになったが、鑑定の結果、やはり自殺と決定されて二人は放免され、事件は比較的平凡に片づいてしまった。あの鑑定は主として僕がやったけれど、実はあの事件の底には、もっと/\奥深いものがかくされて居て、それがやがてあの謎の広告と密接な関係を持って居るのだ。というと、察し深い君は、あの事件がやはり他殺だったのかと思うであろう。そうだ。思い切って言えば、やはり一種の他殺だったのだ。が、それはたしかに普通の場合とは異って居るので、それがあの謎の広告となったのだが、とに角、こういう訳で、毛利先生の憂鬱の原因は、間
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