拠は何一つ発見されなかったのである。
 あくる日、僕は、毛利先生の部屋をたずねて、解剖の結果その他を逐一報告した。さすがにその時は、熱心に聞いて下さったが、僕の報告を終るなり、先生は、
「それじゃ、自殺と考えても差支《さしつかえ》ないね。若しそれが他殺だったら、たしかに奇蹟だ」と、言われた。
 ところがK君。その奇蹟であることが、皮肉にも、それから一時間の後に起ったのだった。といっては少し言い方が変だが、実は、福間警部がたずねて来て、容疑者の緑川順が、北沢を殺したことを自白したから、毛利先生に警視庁へ来て、緑川を訊問して、その精神鑑定をしてほしいと頼みに来たからである。
 これをきいた毛利先生の態度は急に一変した。先生はその瞬間に以前の毛利先生となられたのである。「他殺だったら、たしかに奇蹟だ」と断定されたほど、他殺説の割りこむ余地のない事情のところへ、他殺を自白したのだから、毛利先生は急に興味をもってみずから、取調べて見ようという気になられたにちがいない。
「福間君。緑川の自白したことを、まだ北沢未亡人には告げないだろうね」
「告げません」
「よし、それではこれからすぐ出かけよう」

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