来た無名の投書がもとになったというではないかね」
「そうです」
「君は、その投書について調べて見たかね」
「いゝえ、投書はありがちのことですから、別に委しいことは検べませんでした」
「その投書はまだ保存してあるだろうね」
「あります、持って来ましょうか」
警部は去って、間もなく葉書をもって来た。そこには、「北沢栄二の死因に怪しい点がある」と、ペンで書かれてあったが、僕はそれを見た瞬間、はッと思って、先生の顔を見ると、先生の眼はすでにぎら/\輝いて居た。
「涌井君。遺書を出したまえ」先生は遺書と投書の筆蹟を見くらべられたが、「この遺書と投書とは、同じ日に、同じペンとインキで、同じ人によって書かれたものだ※[#感嘆符三つ、184−1]」
K君。
その瞬間、僕は、たしかに一種の鬼気というべきものに襲われたよ。福間警部も、あまりの驚きで暫らくは言葉が出ないらしかった。
「福間君。御苦労だが、もう一度北沢夫人を連れて来て下さらぬか」
警部が去るなり、僕は言った。
「先生、それでは、北沢氏自身が、二人を罪に陥れるために、そのような奸計《かんけい》をめぐらしたのでしょうか」
「それならばもっと他殺らしい証拠を作って然るべきだ」
「他殺らしい証拠を作っては却って観破される虞《おそれ》があるから、投書の方だけを誰か腹心の人に預けて置いて、あとで投函してもらったのではないでしょうか。現に、遺書を自作にしなかったのも、やはり、深くたくんだ上のことではないでしょうか」
「そうかも知れない。けれど、北沢という人が、果してそういうことの出来得る人かしら。とに角、夫人にきいて見なければわからない」
夫人が連れられて来ると、先生は、遺書を示して、それが果して御主人の筆蹟であるかどうかをたずねられた。
夫人は肯定した。すると、福間警部も、北沢の他の筆蹟と較べたことを告げ、なお証拠として持って来てあった二三の筆蹟を取り出して来て示した。
先生は熱心に研究されたが、もはや、疑うべき余地はなかった。遺書も投書も、北沢その人が同時に書いたものである。
「この遺書を御主人が書かれたのは、いつ頃のことですか」
「たしか、死ぬ二十日程前だったと思います」
「どこで書かれましたか」
「それは存じませんが、ある晩私にそれを見せて、もうこれで、遺書《かきおき》が出来たから、いつ死んでもよいと、冗談を申して
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