ても、他の毒を用いた時には成功すると限りませんから、出来るだけ多くの場合を試みて置く必要があり、従ってその努力は大したものでした。
 もともと人工心臓は人類の恐怖を救うのが目的ですから、家兎に成功すれば、これを人間に応用する必要があります。――私は今、人類の恐怖を救うのが目的だと申しましたが、咯血をした以後は、他のことを顧みる遑《いとま》なく、ただもう、人類の恐怖から救えば、楽園を形成することが出来ると思ったのです。恐怖のない世界! それは何という嬉しい世界でしょう?――で、先ずその次の階段として、家兎よりも大きな犬について人工心臓を試みることにしました。犬に対してはただ大きな喞筒《ポンプ》を用うればよい訳でして、手術などには何の変ったところもなく、ただ家兎の場合と違って居るのは電力が余計に要るぐらいのものです。無論犬については、一旦死んだのを甦らせる実験だけを試みたのですが、その結果、犬では死後十分間以内に取りかかれば目的を達することがわかりました。つまり動物が大きければ、人工心臓の取り附けは幾分遅くなってもかまわないということがわかりました。これは多分血液の凝固性の大小に基くものだろうと考えました。すべて小さい動物の血液ほど早く凝固します。死後にはいう迄もなく血液が凝固しますが、血液が凝固してからでは、もはや人工心臓は役に立ちません。いずれにしても私は、犬よりももっと大きな動物ならば、死の直後から人工心臓を取りつけにかかる迄の時間は、もっと長くてもかまわぬだろうとの推定のもとに、人間と同じ体重の羊を選んで実験しましたところ、果して、死後十五分過ぎて取りかかっても、たしかに甦らせることが出来ました。今度はもう人間です。何とかして人間について実験して見たいと思って居ると、何という運命の皮肉でしょう。私が人工心臓を実験した最初の人は、人工心臓の発明を手伝ってくれた妻の房子だったのです。
 ある日妻は突然、研究室内で卒倒しました。私はとりあえず、妻を抱き上げてベッドの上に移し、赤酒《せきしゅ》を与えると、間もなく意識を恢復しましたが、額に手を触れて見ると火のようにほてり[#「ほてり」に傍点]ましたから、検温器をあてて見ると、驚くではありませんか、四十一度五分の高熱です。私は直ちに氷嚢を拵《こしら》えて冷やしてやり、例の内科の友人に来てもらいました。私が友人から病名をきい
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