こう言いながら、俊夫君はこれらの原素の原子量を書きました。どうも実に俊夫君の記憶のよいにはいまさら驚かされます。
「これで、小さいものから順にならべると、H、B、C、N、O、F、P、S、K、A、V、I、W、Uだ、で、
H…………ア行 B…………カ行 C…………サ行 N…………タ行 O…………ナ行 F…………ハ行 P…………マ行 S…………ヤ行 K…………ラ行 A…………ワ行 V…………ン。
であるに違いない。してみると、
Ha[#「Ha」は縦中横]はア、Hi[#「Hi」は縦中横]はイ、Hu[#「Hu」は縦中横]はウ、He[#「He」は縦中横]はエ、Ho[#「Ho」は縦中横]はオ。Ba[#「Ba」は縦中横]はカ、Bi[#「Bi」は縦中横]はキ、Bu[#「Bu」は縦中横]はク、Be[#「Be」は縦中横]はケ、Bo[#「Bo」は縦中横]はコ。
となるわけだ、いいかね。そこでこの暗号を検査すると、
So[#「So」は縦中横]はヨ、 Bo[#「Bo」は縦中横]はコ、 Fa[#「Fa」は縦中横]はハ、 Pa[#「Pa」は縦中横]はマ、 Ha[#「Ha」は縦中横]はア、 Ka[#「Ka」は縦中横]はラ、 Aa[#「Aa」は縦中横]はワ、 Ci[#「Ci」は縦中横]はシ、 Ne[#「Ne」は縦中横]はテ、 Hu[#「Hu」は縦中横]はウ、 Ha[#「Ha」は縦中横]はア、 Fe[#「Fe」は縦中横]はヘ、 Vはン、 Bu[#「Bu」は縦中横]はク、 Nu[#「Nu」は縦中横]はツ。
となる。すなわち、これを書きなおすと、『ヨコハマ、アラワシテウ、アヘンクツ』だ。『横浜、荒鷲町《あらわしちょう》、阿片窟』だ……」
言い終わって俊夫君は勝ち誇った笑いを浮かべました。私はすっかり度胆を抜かれて、しばらく物が言えませんでしたが、やがて、
「おお、それでは、誘拐団は、横浜の荒鷲町の阿片窟を根城としているのだね?」
と、尋ねました。
「そうだよ。これで僕の見込みどおりになったわけだ。伊豆山《いずさん》へ来たおかげで、悪漢たちの本城をつきとめることができたのだ。
この上はもう彼らを逮捕すればよい。兄さん、これからすぐ警視庁へ電話をかけて、Pのおじさんを呼びだしてくれないか」
二
さて、読者諸君、これから当然、悪漢たちの逮捕の場面を述べなければならぬのですが、残念ながら、私自身その場に居合わせなかったので、その詳しい顛末を紹介することができません。で、私は、逮捕に行かれた小田さんが、俊夫君に物語られた話を、お取り次ぎするにとどめます。
「……伊豆山から君の電話がかかるなり、すぐ数人の腕利きの刑事をつれて逮捕に向かったよ。まず横浜の警察署へ行って事情を話すと、幾人でも応援隊を出すとのこと。それに大いに力を得て、闇夜《あんや》に乗じて阿片窟包囲に出かけたんだ。
この荒鷲町《あらわしちょう》というのは、支那人街の一部でずいぶん殺伐なところなんだ。かねて警察でも目をつけていたんだが、命知らずの連中の寄り合い場所だから、かの蜂の巣をつついて怪我をするようなことになってもよくないからと、いわば見て見ぬふりをしていたんだ。
けれども今度という今度は事情が事情だから猶予することができない。そこで横浜警察署でも、いわば乾坤一擲《けんこんいってき》の大勝負をするつもりで取りかかったんだ。
荒鷲町へ行くなり、先方もさるもの、すわ警察の手入れだと、阿片窟の連中は、抜け穴から逃れようとしたのだが、そこはかねて警察の方でじゅうぶん研究してあったので、抜け穴の出口で一人一人いわば網に引っかけてしまったのさ。
むろん例の誘拐団の連中もその中にいたのだが、さて沢山の支那人や日本人の男女のうちどれが誘拐団の連中だやら分からず、警察へ引きあげてから、その取り調べに困ったが、幸いにも、君に遺恨を持っているあの山本信義がいることを警官の一人が発見したので、信義をせめることによって、とうとう、誘拐団の連中を明らかにすることができたのだ。
今回彼らが逮捕されるようなことになったのも、まったく、山本信義のためだったので、誘拐団の連中は大いに彼を恨んでいたよ。
どういう訳かというと、そもそも、頭蓋骨をマークとする上海《シャンハイ》の誘拐団が、今度東京へ来たのは、女優の川上糸子を上海へ誘拐していって彼女を映画のスターとして、一本のフイルムを製作するつもりだったのだ。そのフイルムというのは非常な高価で売れるものなのだ。
正式に川上糸子に交渉したとて承諾するわけがないので、無理な手段をもって連れ去ろうとしたのだ。もちろん、用事さえ済めば糸子を返してよこすつもりだったのだ。
ところで、誘拐団の連中は、ひそかに東京へ
前へ
次へ
全11ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング