う眠っております」
 言う声が多少苦しそうだったので、俊夫君は、もし何か紛失したものがあれば、警察へ届け出るよう注意して、電話を切りました。
「兄さん、もう寝ようよ」
 とつぜん、俊夫君がこう叫びました。
「こういう時は、考えていたとて無駄だ。それよりも事件の発展するのを待とうよ」
「では、君は事件が発展すると思うのか。あるいは単なる悪戯《いたずら》ではないだろうか」
「人殺し云々は嘘かもしれぬが、近藤という家《うち》へ覆面の盗賊の入ったのは事実らしい。それを取り調べるだけでも面白いのだ」
 こう言って、俊夫君はさっさとベッドの中へもぐり込みました。そうしてすぐ寝入りました。しかし私は、なかなか寝つかれませんでした。
 果たして東京中の人が誰でも知っている有名な人が殺されたのであろうか。もしそうとすると、それは誰であろうか。また、何のために犯人は電話をかけてよこしたのであろうか。などと色々のことを先から先へ考えてゆくと、眼は冴《さ》えるばかりでした。
 そのうち、うとうととしたかと思うと、来訪者を告げるベルの音に、はッとして私は飛び起きました。俊夫君も同じく飛び起きました。もう夜はすっかりあけておりました。
 来訪者というのは、俊夫君が、「Pのおじさん」と呼ぶ、警視庁の小田刑事でした。私たちは思わず顔を見合わせました。
「Pのおじさん!」
 と俊夫君は、小田刑事が席に着くなり言いました。
「小石川区春日町の殺人事件で来てくださったでしょう?」
「え? どうして君は知っている? では、君の方へも通知があったか?」
 と、小田刑事は驚いて言いました。
「別に通知というほどのことではないのですが、ちょっと、変なことがありました。それはあとでお話ししますから、まず、用件を聞かせてください」
 小田刑事は語りました。
「ゆうべ、僕は宿直だったが、二時頃に電話がかかって、春日町一丁目の空家に人が殺されているから、すぐ出張してくれというのだよ。そのまま先方は電話を切ってしまったので、たとい悪戯《いたずら》であるとしても、捨ててはおけぬので、二人の部下をつれて、行ってみると果たして空家があり、中へ入ると、やっぱり本当だったよ」
「殺されたのは誰です?」
「殺されたのは、T劇場の女優川上糸子さ」
「ええッ、川上糸子が?」
 俊夫君の驚いたのも無理はありません。川上糸子はかつて高価な首
前へ 次へ
全22ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング