さましました。見ると、隣のベッドで寝ている俊夫君が、すでに起きようとしておりましたので、
「まあ、寝ていたまえ、僕が出るから」
 と言いますと、俊夫君は、
「それじゃ、一緒に行こう。こんな時分にかかってくる電話は、どうせ僕に用があるに違いないから」
 で、二人は、寝衣《ねまき》の上に外套《がいとう》を羽織って事務室に行きました。かねて私は、こういう場合の準備として、寝室に卓上電話を設けて、寝ていながら話せるようにしてはどうかと、俊夫君に勧めるのでしたが、俊夫君は、
「僕に用事のある人はみな重大な立場にいるのだから、寝ていて話すべきではない」
 と言って聞き入れません。私はいささか寒さに身震いしながら、受話器を取りあげました。
「もしもし、あなたが俊夫さんですか」
 と言ったのは、たしかに男の声です。
「いいえ、僕は大野というものです。俊夫君の代理です」
「では恐縮ですが、俊夫さんに出てもらってください。重大事件ですから」
 ここでちょっと申しあげておきたいのは、私たちのところにある電話は、受話器が二つに別れていて、聞くだけは二人で聞けるように装置してあります。俊夫君は、先方のこの言葉を聞くなり、直ちに私と代わって、
「僕、俊夫です。あなたはどなたです?」
「ああ、俊夫さんですか。たいへんです。今、こちらに人殺しがあったのです」
「何? 人殺しが? 誰が、どこで殺されたのです?」
「殺されたのは東京じゅうの人が誰でも知っている有名な人です」
「誰ですか?」
「誰だかあててごらんなさい」
 この言葉を聞くなり、俊夫君は私と顔を見合わせました。重大な殺人事件を報告するに、「当ててごらんなさい」とは、たしかにこちらを侮辱した言い方です。俊夫君はしばらくのあいだ返事することを躊躇《ちゅうちょ》しました。と、突然、
「あはははは」
 と、先方の男は笑いだして、
「俊夫君、いかに君でも、こればかりは分かるまい」
 がらりと変わった言葉の調子に、俊夫君はむっとしました。
「何? 君は僕を侮辱するのか」
「まあまあ、そんなに怒るなよ。君を有名にしてやろうと思って、わざわざこの夜中に電話をかけたのだよ。この事件を解決するなら、君は、日本は愚か、世界一の探偵になれるぜ。しっかりしてくれよ。いいか」
「君は誰だ?」
「俺か、俺は、君たちのいわゆる犯人なんだ。東京じゅうの人が誰でも知っている
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