坊やが……大変な……」
「何?」
「大変なことをしまして……」
「悪くなった?」
「いえ、先生が、お忘れになった、この、大切な御道具をこわしたので御座います」
見ると、女は、壊れた検温器と黒いケースとを握って居る。
彼はそれどころではない。
「坊やの容体はどうです!」
「お蔭さまで、あれから、すっかりもと通り元気になりまして、いたずらを始めて、先生の御道具まで、こわしまして本当にどうも……」
彼の眼からはボロボロと涙が二三滴こぼれた。呆気《あっけ》にとられた女はどうしてお詫《わび》してよいかに迷って、おずおずし乍ら彼の顔を見つめて居た。
涼しい風が、さっと室の中に流れ込んだ。
底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年3月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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