いキャップを御かぶりになり、口にも白いマスクをかけて手術に取りかかられるのが例で御座います。先ず、助手の方々によって、手術局部の厳重な消毒が行われますと、愈々《いよいよ》先生は手術に取りかかるために、特別な手術道具で、子宮を出来るだけ手前へ引き出しになりまして、順序として、指で丁寧に患部を触れて御覧になりました。
 もとより、その間も先生は、聴講生に向って、熱心に説明して居られました。私にはよくわかりませんでしたが、子宮繊維腫の出来たときには、子宮は林檎《りんご》のようにかたくなるのが特徴であるということを繰返し説明なさったようでした。
 ところが、暫《しばら》く触診をなさっておいでになりますと、先生の御言葉が段々乱れてまいりまして遂には、ぱたりと口を噤《つぐ》んでしまわれました。そして、ちょうど顕微鏡を御のぞきになるように、眼を近づけて、さらけ出されたものを、触診しながら、見つめて居られました。と、見る見るうちに先生の御顔に疑惑の色がただよい、その額にはオリーヴ油のような汗の玉が、ぎっしり並び始めました。恐らく先生はその時、夏の晩方、石だと思って掴《つか》んだのが、蟇《がま》であったときのような感覚をされたことだろうと思います。と申しますのは、患者の子宮は先生の予期に反して、先生が指で御つまみになると、空気の抜けかけたゴム鞠《まり》のようにくぼみましたからです。講習生の人々は、何事が起きたのかと、ちょうど、軍鶏《しゃも》が自分の卵ほどの蝸牛《かたつむり》を投げ与えられた時のように、首をのばし傾《かし》げて、息を凝らして見つめました。
 御承知の通り、手術室には、塵埃《ほこり》は至って少ないのですが、その時には、一つ一つの塵埃《ほこり》が、石床《いしゆか》の上に落ちる音が聞えるかと思われるほど、静かになりました。やがて先生の手は少しく顫《ふる》えかけました。すると、先生は何事かを決心されたかのように、でも、何事も仰《おっ》しゃらずに、つと、子宮の中へ指を入れて、血のついた白みがかった塊《かたまり》をつかみ出されました。が、それは、ほんの一瞬間のことで、先生はその塊《かたまり》を右の掌《て》の中へしっかり握りこんでしまわれました。講習生の方々は勿論、恐らく助手の方々も、それが何であったかは御承知なく、やはり、子宮の中に出来た病的の腫物だと思って居られたらしいのです。

前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング