も、恐ろしい夢から覚めたかのように、彼はその眼を据《す》えた。そうしてしばらくの間、返答することはできなかった。
「法信!」
一層大きな和尚の声が呼んだ。
「は、はい」
「お前、御苦労だが、いつものとおり、本堂の方を見まわって来てくれないか」
言われて彼はぎくりとして身をすくめた。常ならば気楽な二人住まいが、こうした時にはうらめしかった。この恐ろしい暴風雨の時に、どうして一人きり、戸締まりを見に出かけられよう。
「あの、和尚様」
と、彼はやっとのことで、声をしぼり出した。
「なんだ」
「今夜だけは……」
「ははは」
と、和尚の哄笑《たかわら》いする声が聞こえた。
「恐ろしいというのか。よし、それでは、わしもいっしょに行くから、ついて来い」
法信は引きずられるようにして和尚の部屋にはいった。
いつの間に用意したのか、書見していた和尚は、手燭の蝋燭《ろうそく》に火を点じて、先に立って本堂の方へ歩いて行った。五十を越したであろう年輩の、蝋燭の淡い灯によって前下方から照し出された瘠《や》せ顔は、髑髏《どくろ》を思わせるように気味が悪かった。
本堂にはいると、灯はなびくように揺れて
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