故?
 その四時間は静也にとって、「永久」に思われた。
 然し、その長い四時間も過ぎた。夏の夜は更けた。
 すると男は暗黒の中で奇妙な声を出した。それは全くその場にふさわしからぬものであった。
「アッ!」
 嘔吐《おうと》の声。
「うーん」
 嘔吐の声。
「ホ、ホ、ホ、ホ、ホ」女の甲高い声が暗の中に響き渡った。「よくも、よくも、あなたは佐々木を毒殺しましたね? 卑怯《ひきょう》もの! わからぬと思ったのは大間ちがい、佐々木は予防注射を何回も受けたのよ……」
「あーっ」と腹の底をしぼるような声。
 嘔吐の声。
「だから、わたしはすぐ覚ったわ。けれど、佐々木は毒殺されたとは知らないで死んだのよ。死ぬ人の心を乱してはいけないと思って、わたしも御医者さんが誤診したのを幸いに黙って居たわ。だから、佐々木は予防注射をしてもきかなかったのだと思って死んで行ったわ……」
 嘔吐の声。
「それに、わたしは、あなたを警察の手に渡したくなかったのよ。警察の手に渡れば、死刑になるやらならぬやらわからぬでしょう。わたしは、一日も早く自分で復讐しようと思ったのよ、だから、昨日まで予防注射をしてもらって生きた黴菌を
前へ 次へ
全29ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング