し、彼は京助の性格を考えるに至って、その問題を容易に解決した。京助は平凡人である。だから、平凡人を殺すにふさわしい平凡な方法を用うればそれでよい。と、彼は考えたのである。
 先ず、会社へ行って京助を連れ出し、二人で西洋料理屋にはいり、ビーフステーキを食べる。京助は肉に焼塩をかけて食う癖があるから、その焼塩の中に亜砒酸をまぜて置けばそれでよい訳である。予《あらかじ》め、料理店で使用するような焼塩の罎を買って、焼塩と亜砒酸とをまぜて入れて置き、それを持参して、いざ食卓に就くというときに、料理店の罎とすり替える。……何と簡単に人間一匹が片附くことだろう。
 普通の時ならば、亜砒酸中毒はすぐに発見される。然し時節が時節であるから、決して発見される虞《おそれ》はあるまい。彼は医師の腕に信頼した。平素人殺しをする医師諸君は、こういう時でなければ人助けをする機会がない。して見れば自分は医師にとっての恩人となることが出来る。何という愉快なことであろう。などと考えて、彼は殺人者が殺人を決行する前に陥る陶醉状態にはいるのであった。

[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]

 殺人を決意してから十日の後、亜砒酸をまぜた焼塩の罎をポケットに入れた静也は、京助の会社をたずねて、京助を何の苦もなく連れ出すことが出来た。静也は、若しや敏子が例の一件を京助に話しては居ないかと心配したけれども京助に逢って見ると、そんな様子は少しもなかった。又静也が、一しょに西洋料理を食べようと言い出した時にも、何の疑惑も抱かなかった。平凡人の特徴は物事に不審を起さぬことである。実際また彼は、物事に不審を抱くほど痩せた身体の持主ではなかった。だから殺されるとは知らずに、平気で静也について来たのである。
 静也はもとより行きつけのレストオランへは行かなかった。知った家で人殺しをするということは、あまり気持がよくないだろうと思ったからである。京助はもとよりこれに就《つい》ても不審を抱かなかった。そうして雪白《せっぱく》の布《きれ》のかかって居るテーブルに着いて、ビーフステーキを食べた。京助が手を洗いに行った間に静也がすり替えて置いた焼塩の罎を、京助は極めて自然にとりあげて牛肉の上に、而《しか》も大量にふりかけた。そうしていかにも美味しそうに食べた。二片三片食べたとき、京助は腹の痛そうな顔をして眉をしかめたので、静也はは
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