が虫をつぶしたような顔をしていました。
「どうしたの?」
と私は尋ねました。
俊夫君は机をたたいて、
「馬鹿にしやがる」
と怒鳴りました。
「え?」と私はびっくりしました。
「逆さまに読んでごらん!」
「トシヲクンニワカルモノカ」(俊夫君に分かるものか)
またしても犯人のいたずら! せっかく苦心したあげく[#「あげく」に傍点]がこれでは、俊夫君の怒ったのも無理はないです。
意外の犯人
私は俊夫君をどうして慰めてよいかに迷いました。そのとき私はふと、今日、理化学研究所を訪ねたことを思い出しました。今まで暗号の方に気をとられて、私は肝心の用事を話すことを忘れ、俊夫君も、それを気づかずにいるらしいのでした。
「俊夫君、すっかり忘れていたが、実は、この切り抜きの記事のついている新聞を買って持ってきたんだ」
俊夫君はあまりうれしくもない顔をして、私の差しだした新聞を受け取ったが、やがてその新聞を開いたかと思うと、急にうれしそうな顔になって、
「兄さん、有り難う※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
こう叫んだかと思うと、さっき暗号の解式を発見したときのように、こおどりしながら私の頭につかまって、足をばたばたさせました。
「どうしたんだ!」
私は呆気《あっけ》にとられて尋ねました。
「犯人が分かったよ!」
「え?」
私は俊夫君の言葉を疑わずにいられませんでした。
「ああうれしい」
こう言って俊夫君はまたもや室《へや》の中を走りまわりました。私は『読売新聞』を開いたばかりで、どうして犯人が分かったか、さっぱり見当がつきませんでした。
「犯人は誰だい?」
「それはいま言えない、今日はもうこれ以上聞いては嫌だよ」
あくる朝俊夫君は、昨夜《ゆうべ》、叔父さん宛《あ》てに書いたという手紙を投函してくると言って出かけたまま、正午《ひる》頃まで帰ってきませんでした。俊夫君は出がけに兄さんについてきてもらっては困ると言ったので、私は家にとどまりましたが、何だか心配になるので、その辺を捜しに出かけようかと思うと、俊夫君はにこにこして帰ってきました。
そして私が、どこへ行ったか尋ねぬ先に俊夫君は私に向かって、今晩七時に紅色ダイヤを盗んだ犯人が、ここへ訪ねてくるから、兄さんは力いっぱい働いて捕らえてくれと申しました。
犯人を捕らえにゆくのならとにかく、犯人がこちらへ訪ねてくるとはおかしいと思って、その理由《わけ》を尋ねると、
「来なければならぬからさ!」
と俊夫君はすましたものです。
「なぜ?」
俊夫君は黙ってポケットから紫色のサックを取りだして言いました。
「兄さん、そーら中をご覧よ」
そしてサックの蓋をあけたかと思うと、ぱっと閉めましたが、中には紅色の宝石がまがいもなくきらきらと輝いておりました。
「盗まれたダイヤか?」
と私は驚いて尋ねました。
「そうよ!」
「どうして君の手に入った?」
「犯人が隠しておいた所から取ってきたんだ。だから今晩犯人が、これを取りかえしにくるんだ」
「一体どうして探偵したんだい?」
「今晩犯人をつかまえてからお話しするよ」
「ちょっとそのダイヤを見せてくれないか?」
「いけない、いけない」
こう言って俊夫君は意地悪そうな笑い方をして、ポケットの中へ、サックを入れてしまいました。
私は俊夫君がどうして犯人をつきとめ、その犯人の手から紅色ダイヤを奪ったかを考えてみましたが、さっぱり分かりませんでした。
暗号の文句は、あのとおり俊夫君をからかったものにすぎないし、昨日《きのう》の『読売新聞』も私の見た範囲では、犯人の手掛かりになるようなこともなかったので、いくら考えても解釈はつきませんでしたけれど、私は俊夫君の性質をよく知っていますから、強いて聞くのは悪いと思って、俊夫君の命ずるままにしようと決心しました。
五時半に夕食をすまし、やがて六時になりました。戸外はもうまっ暗で、人通りも少なくなりました。七時に犯人が訪ねてきたら、俊夫君が扉《ドア》をあけ、私がとびかかっていって手錠をはめるという手順でした。かねて柔道で鍛えた腕ですから、どんな人間にぶつかっても何でもありませんが、犯人がどんな風な人間だろうかと思うと、私の心は躍りました。
とうとう七時が打ちました。すると果たして実験室の外側に足音が聞こえ、次いで扉をコツコツ叩く音がしました。俊夫君は私に眼くばせして、立ち上がりながら扉をあけにいきました。
「やっ!」
と一声、私は入ってきた男をめがけてとびかかりました。
「何をするんだ。俺だよ!」
という先方の声は、どこかに聞き覚えたところがありましたが、色眼鏡《いろめがね》をかけて顔いっぱいに鬚髯《ひげ》をはやしていましたから、こいつ胡散《うさん》な奴だと思って捩《ね》じ伏《ふ》せにか
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